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平成30年4月号

query_builder 2018/04/01
サプライ通信

岡社長の今月のアドバイス
●『世界遺産・知床ネイチャーツアー!』
●『人生で後悔していること』
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労務の寺子屋
『社会保険 料率改正と各種届出様式変更のお知らせ』
―――――――――――――――――――
今月のご縁むすび
『ときまたぎホールディングス株式会社
代表者 土井新悟 様』
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『BS社長名鑑 ~社長、出番です!~
株式会社山屋食品千葉 代表取締役 菅澤精一氏』
『~社内システムの活用~貴社内に埋蔵している
「知財」の発掘を一緒にしませんか?』
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関西事務所だより No.38
『平昌五輪、あなたの印象に残った選手、競技は?』
―――――――――――――――――――
ブレイン・サプライ ニュース
●海外市場開拓 & 海外企業ご紹介セミナー
 のご案内
●管理監督者向けコミュニケーション研修のご案内
●ブレイン・サプライグループ 
創立10周年記念 講演のご案内

世界遺産・知床ネイチャーツアー!

3月17~20日の3泊4日で知床流氷・ネイチャーツアーに行ってまいりました。例によってまめな連れ(高校・大学の同級生):以後K氏と一緒です。過去に3回知床には行っていましたが、何れも夏と秋でしたので、極寒の知床は初体験でした。
 12:30羽田空港発のため、駐車場は満車が想定されましたので、荷物をコンパクトにまとめ、バイクで向かいました。羽田空港のバイク置き場はいつもガラガラで、1泊500円とリーズナブルです。
13:55に女満別空港に到着、異性好きのK氏は早速「女性を満足させて別れる空港か・・・」と妙に納得の様子、本当の意味はアイヌ語メマンペッ=泉池がある川の意です。
女満別空港からレンタカーで知床のウトロへ向かい、知床第一ホテルへ。


写真①


何の情報もなくホテルに到着しましたが、K氏が手配した同ホテルは地元で一番大きな施設で、当日の夕食は豪華バイキング(写真①)、デザートも充実しており、1日1食の私も気合を入れてカニ、ステーキ、寿司、ラーメン、中華等(3泊しても全部の種類は食べることができませんでした。)に加えて、アイスクリーム、ケーキ、マンゴースムージー、綿飴、ソフトクリームを食し、アルコールも含め、体重3kg増加でギブアップ。翌朝は予想通りゲリピーの嵐に見舞われ、お楽しみの流氷・ネイチャーツアー参加が危ぶまれました。朝に牛乳とヨーグルトを食し、逆療法で腹の中のものを全て出し切り、8:45~11:30までの、知床ナチュラリスト協会のネイチャーツアーに参加しました。大雪原の中、不測の事態に備え、野グ○可能な下半身装備と、リュックの中にはホテルで調達したワンロールのトイレットペーパーを入れていざ出発(写真②~④)。


写真②



写真③



写真④


スノーシューを履いて、ガイドの斧山さんの指導の下、普段は入らない場所を案内してもらいました。モモンガの巣、鹿の群れ(写真⑤)、キツツキの穴(写真⑥)、クマの爪痕(写真⑦)、メイプルの蜜を食しながらの2時間半はあっという間でした。新雪の雪原でハート型の雪(写真⑧)の切り出し方を教えてもらい、前日誕生日の妻に早速メールするも、3/21現在無反応(涙・・)。1月末のタイ訪問時に鞄を買ってきてプレゼントしたので安心していたのですが・・、甘かったです。


写真⑤



写真⑥



写真⑦



写真⑧


昼食は抜きで、13:30~15:30で本日第2回目、流氷ウォークの参加です。今回の旅はこれがメインでした(写真⑨~⑪)。

気合でゲリピーを抑え、ドライスーツに着替え、いざ流氷ウォークへ。
今回は2組のカップルも参加です。50を超えたおっさん二人組の参加に違和感を覚えているのが見え見えでしたが、遠慮なく弾けさせていただきました。一人の女性は運動が苦手のようでしたが、男の方は全く気にせずさっさと行ってしまいます。ガイドの女性はまだ経験が浅く、K氏はドライスーツ初体験。


写真⑨



写真⑩



写真⑪


もう1組のカップルは自分たちの世界に浸っており、何となく私が最後尾を務めることに。
当日のAMは流氷がびっしりでしたが、午後からは急激に気温が上がり17度を超え、往路は流氷と海の間を1度だけ海に浸かって渡海しましたが、流氷が急激に沖に離れていっているとの連絡がガイドに入り、慌てて陸地に戻ることになりました。復路は5回も海に入らなければならなくなり、危うく流氷の上に取り残されるところでしたが、50cmの厚さの氷の上を歩くのは爽快でした。往路は5mくらいの渡海でしたが、復路は10m以上のケースもあり、緊張感があって面白かったです。

ドライスーツを着ているために汗びっしょりでしたが、海水温度マイナス1度で非常に快適でした。冬のダイビングはこのドライスーツを着て泳ぎますが、通常水温は12~15度を超えています。マイナス1度の怖さを痛感するとともに、ジェームズ・キャメロン監督の映画「タイタニック」の最後のシーン(ドーソン(レオナルド・デカプリオ)がローズ(恋人)を助けて氷山の海で凍死)を思い出し、この冷たさの中で愛する人の命を救うために死を選択した主人公の心の強さを改めて考えさせられました。

ドン臭い女性はやはりドン臭く、男に代わってバックアップさせていただきました。面白いもので、最初は無言であった2組のカップルも、ツアーが終わるころには我々おっさんと打ち解けて笑顔で話すようになっていました。 時間の共有、苦楽の共有は心の壁を打ち破りますね。改めて世代間の時間の共有の大切さを痛感しました。
(写真⑫~⑭)


写真⑫



写真⑬



写真⑭


その後3回目のツアーはサンセットツアーです。晴れ男の私は無頓着でしたが、今回のサンセットは結構久しぶりのきれいな太陽だとのアイヌ出身のガイドさんの説明に、神様への感謝の気持ちが湧いてきました。有難いことです。
 その日の夜は食事を控えめにして、体調を整えました。一方K氏は調子に乗って2日連続の暴飲暴食です。何か起こるのではとの悪い予感がしてきましたが、そっとしておきました。
翌日の19日はネイチャーツアー2回目です。午前7:40集合時点では快晴、10時以降気象予報は外れ、急激に気温低下しました。
大鷲の群れ(写真⑮)や気温3度に低下したツアー⑯⑰、流氷が無くなった海⑱など、日々変化する世界遺産知床の自然を満喫させていただきました。


写真⑮



写真⑯



写真⑰



写真⑱


知床五湖ツアーは1週間前に氷溶けのため中止の連絡があり、その日の午後は74kmの距離にある網走へ観光です。途中で恐れていたことが起きました。斜里町を離れたところでK氏が急に腹痛を訴えました。本土と違ってコンビニがそこら中にあるわけではありません。脳裏に「野グ○」の文字が浮かびましたが、私のリュックにはトイレットペーパーのロールはありません。窮状を訴えるK氏のために、丁度よい土手を見つけて停車、紙の代わりにメンソール入り?の汗拭きを渡しました。「絶対に見るなよ」の言葉を残し、K氏は土手の向こうに消えました。私は携帯で網走の観光地をチェックしていましたが、かなり時間が経過したにもかかわらずK氏は戻ってきません。かといって心配だからと現場に向かうわけにもいかず車内で待機していました。しばらくしてK氏は険しい顔で戻ってきました。

私  「えらい時間かかったなぁ!」
K氏 「お前に見られんとこうと思ってケツまくったまま土手を降りたら滑り落ちて泥にハマってしもうたわ」
私  「アホやな、昔と違ってそんなことするかいな。」



写真⑲


因みに昔の私であれば、確実にこのシャッターチャンスを逃さず、後でいじりのネタにするような奴でした。が今では「騙すより騙されよ」、「奪うより与えよ」、「殺すより殺されよ」、「泣かすより泣かされよ」を実践しておりますので、そのようなことはできません。そのことを知らない彼は、生尻を出しながら泥の中に転落し、雪に尻を乗せながら目的を達したそうです。因みにケツは藁だらけでした。前日食い過ぎないように注意しておけば良かったと後悔しました。

その後網走までの道中では濡れた靴下を乾かす間(写真⑲)、足の裏のにおいが車内に充満していましたが、換気しようにも外は吹雪いており、寒さよりもにおいを選びました。

北海道の明るさと暗さの根源は何か・・・。網走でその答えの一端を見ました。網走刑務所門前で記念写真(写真⑳)を撮り、その後博物館網走監獄へ。


写真⑳


この博物館は想像以上に内容が充実しており、網走刑務所の旧建造物を保存公開(五翼放射状平屋舎房は世界最古の木造建築刑務所)している野外博物館です。限られた時間でしたが、北海道開拓の歴史の中で、網走刑務所の囚人が果たした悲しい功績に、悲しみの涙と感謝の気持ちが入り混じった気持ちが湧いてきました。 この博物館はじっくり見るなら3時間は必要ですが、一押しの施設です。

そもそも北海道開拓が急がれたのは、明治維新前後からの不凍港を求めるロシアの侵略に備えることが目的でした。労働力として囚人を使うことが費用もかからず手っ取り早く目的達成できるとの考え方から、明治23年に1200名の囚人が集められ、旭川から北見、網走にかけての220kmの原生林を半年で道路にするという、現在の工作機械を使っても不可能な突貫工事を行い、240名以上の尊い犠牲(囚人と看守)のもとで達成されたのです。明治26年には強制労働は禁じられましたが、トンネルや炭鉱工事は継続されたようです。今では軽い懲役刑の囚人用の刑務所になっていますが、古くは死刑を含めた重罪の囚人を強制労働させており、網走刑務所出所者といえば犯罪者の間でも一目置かれたようです。過去に網走刑務所を舞台にした映画が30本以上(写真㉑)制作されており、中でも一番有名な映画シリーズが、高倉健主演の「網走番外地(写真㉒)」です。昔この映画を見て健さんに憧れ、一方網走刑務所だけは絶対入りたくないと思ったものでした。


写真㉑



写真㉒




写真㉓



よく刑務所の食事のことを「臭い飯」といいますが、その意味は(写真㉓)の牢の中の左奥の戸の中が汲み取り式の便所で、一日中便所のにおいがしていたため、臭い飯と言うそうです。トイレの中で食事をするようなものですね。現在では写真㉔のように水洗トイレに替わっており、衛生状態は良いようです。

私の世界遺産行脚は続きます。昨年9月の世界遺産小笠原に続き、今回世界遺産知床に行ってまいりました。

平成30年現在で私が訪問したことのない日本の世界遺産は、
① 石見銀山・・・4/8訪問予定
② 屋久島・・・今夏訪問予定 (中学時代の担任の先生が在住)
③ 平泉・・・東北出張時に訪問予定
④ 白神山地・・・    同上
⑤ 富岡製糸場・・・バイクツーリングで訪問予定(5~7月)


写真㉔


の5か所のみとなりました。日本制覇の後は世界に向かっていきたいと思います。
今できることは今やる、やらなかったことを後悔しない・・・肝に銘じてチャレンジしていきます。

人生で後悔していること

ネットの<ノウハウツリー>というサイトに、米国の80歳以上の老人への「人生で後悔していること」と題してアンケート調査をしたところ、なんと7割の人が同じ回答をしたとのこと。米国と日本では少し違うのではというご意見もあるかもしれませんが、

人生で後悔していること ⇒ 「チャレンジしなかったこと」だそうです。
更には「人が人生を終えるときに後悔する20の項目」では、

1. 他人がどう思うか気にしなければ良かった
2. 幸せをもっと噛み締めて生きるべきだった
3. もっと他人のために尽くせば良かった
4. くよくよと悩まなければ良かった
5. 家族ともっと時間を過ごせば良かった
6. もっと他人に優しい言葉をかけていれば良かった
7. あんなに不安を抱えながら生きるべきではなかった
8. もっと時間があれば.....
9. もっと思い切って冒険すれば良かった
10.自分を大切にすれば良かった
11.他人のいうことよりも自分の直感を信じれば良かった
12.もっと旅をすれば良かった
13.もっとたくさん恋愛すれば良かった
14.もっと一瞬一秒を大事に過ごせば良かった
15.子供達に好きなことをさせてやれば良かった
16.言い争いなどしなければ良かった
17.もっと自分の情熱に従うべきだった
18.もっと自分のために頑張れば良かった
19.もっと自分の本音を言うべきだった
20.もっと目標を達成すれば良かった

日々全力、利他の精神、自尊自立、生きているだけで丸儲け、右脳中心の生き方、感謝力、刹那に集中、備えあれば憂いなし、チャレンジ精神、大切なことはハートとヘッドとガッツの維持、時間は自らが作る、騙すより騙されよ・・・。私の今の生き方に関しては、徐々に欲望が縮小してきており、一方で誰かが喜んでくれることが自己の喜びとなってきているように思います。

上記赤文字を実践していると心が乱されることは減少してきました。敢えて「人が人生を終えるときに後悔する20の項目」にフォーカスして少し心残りなことをあげるとすると、5と13かなと思いますが、5は自分の中では可能な限り時間を作ったので後悔とまではいきませんし、13も、ものの考え方ですが、今の配偶者に不満はないので、24歳で結婚し、恋愛数はそれほど多くはないけれど後悔はしていません。そういう意味では非常に恵まれた人生を歩んでいることになります。有難いことです。

日々充実するということは人生において大切なことです。
このコラムを執筆している最中(3/21)に、日テレが麻生財務大臣の特集をしていました。麻生大臣は財閥の生まれで、金銭的に恵まれており、歴代の大臣の中でも発言に正確性を欠き、問題発言として野党から攻められることが多い人物ですが、私にとっては何とも言えない魅力的な存在です。その麻生大臣が、山本太郎議員の「生きていく上において一番大切なものは何だと思われますか」との訳のわからない(国会議員として)質問に対して、
「朝、希望をもって起き、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に寝る」と回答されていました。
正に我が意を得たり!の回答でした。

朝、希望をもって起き、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に寝る、そのような生き方をしている人は、周囲の人からリスペクトされます。このリスペクトは<魂の栄養剤>であり、<魂のエネルギー源>です。
命の瀬戸際で後悔しないためには、リスペクトされる生き方をしようというのが、どうも答えのようです。 悔いのない人生を歩みたいですね。



◆社会保険 料率改正と各種届出様式変更のお知らせ◆

【協会けんぽの保険料率が改定されました】

 平成30年3月分保険料(4月納付分)より保険料率(健康保険・介護保険)が改定されています。
保険料を翌月給与から控除をされている事業所様が多いと思いますが、その場合、3月分保険料⇒
4月支給の給与からの控除になりますので、4月給与計算時に変更が必要となります。
都道府県ごとの料率及び保険料は全国健康保険協会(協会けんぽ)HPよりご確認いただけます。
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/cat330/sb3150/h30/h30ryougakuhyou3gatukara

【平成30年度 雇用保険料率について】

平成30年4月1日から平成31年3月31日までの雇用保険料率は、平成29年度から変更ありません。 雇用保険料率は厚生労働省HPよりご確認いただけます。 http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000192647.pdf」

【年金・健康保険関係の各種届出様式が変更されました】

平成30年3月5日から日本年金機構へ提出する各種届出書の様式が大きく変更されています。
個人番号欄が新設され、主な届出についてはA4縦型に統一されました。なお、旧様式も当面の間、
利用できることとされています。
<個人番号欄の新設について>
これまで、「基礎年金番号」を記入する必要のあった届出書に「個人番号欄」が新設されました。
この欄には個人番号または基礎年金番号のいずれかを記入することとされています。
  個人番号を記入する場合には、マイナンバー法に定められた本人確認等が必要となります。

<様式変更について>
 変更のあった届出書については、日本年金機構HPにてご確認、ダウンロードいただけます。
http://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/2018/201802/2018022001.html

ここでは、主な変更点についてお伝えいたします。
①「被扶養者(異動)届」 と 「第3号被保険者届」 が統一され、複写様式から単票様式になりました。

②70歳以上の被用者の各種届出書が、被保険者の届出書と統合されました。
別々の様式を使用する必要がなくなりますので、事務負担が若干軽減されるように思います。
「資格取得届」、「資格喪失届」、「算定基礎届」、「月額変更届」、「賞与支払届」 等が該当します。

③「70歳到達届」(新)について
これまでは、従来から在籍されていた厚生年金の被保険者である従業員の方が70歳に到達し、
「70歳以上被用者」に該当する際には、厚生年金の「資格喪失届」+「70歳以上被用者該当届」の2点の提出が必要でした。今後は、 「70歳到達届」のみで届出ができることになりました。

被保険者分と厚生年金70歳以上被用者分の届出が統合された様式(上記②・③関連)


以 上

(宮澤 令子)


ときまたぎホールディングス株式会社

代表者 土井 新悟 様

◆日本のみならず世界ともつながっていく

本日の土井さんとは、まだ5年弱のお付き合い。しかし、期間は短いものの幅広い視野で新規事業、グループ企業を構築される中で仲良くしてくださっています。控えめであり、ご自身からリクエストの少ない中でも、早い段階から私の支援を申し出てくださった恩人でもあります。
ここ最近は大阪近隣だけでなく、東京、海外にも事業構築の繋がりが広がりまさに地球規模、世界と繋がって行かれるお話をお伺いして参りました。


◆小学生から天才的な商売の才覚

土井さんとお話していて、ご自身の経歴の説明の中で、【職人さん】と話される場面に何度か遭遇したことがあります。この【さん】にいろんな意味を感じる次第です。その仕事があったから今の事業家の姿があり、現場を支える【職人さん】への敬意の気持ちが【さん】となって現れていると感じます。その土井さんの小学生時代、既に稼業を支える才覚があったそうです。
土井さんのご実家は【街の電気屋さん】その仕事への真剣な姿勢を見せるお父さんに憧れ、尊敬し、いつしかお父さんの様な仕事がしたいと思いながら育っていかれたそうです。
お客さん本位のお父さんの仕事ぶりをお聞きすると、冷蔵庫を設置する際、古い冷蔵庫を撤去後、その周辺の壁・床等々を綺麗に雑巾掛け〜掃除を徹底的にするのは当たり前、お客さんの自宅に上がれば視界の届く範囲で、家電製品の型式〜製造年を記憶して、一歩外に出た瞬間に細かくメモをして、次の買い替えニーズを把握するマメな仕事人間だったそうです。そのメモを見返し、適度な時期にお客さんに声掛けすることで買い替え需要・修理ニーズを引き出しで売上を上げるという仕事ぶり。そのお父さんの姿勢をいつしか見習おうと土井さんは思ったそうです。ただ他方絶対真似してはいけないこと、それはお父さんが集金ベタだったこと、気前が良い方で、今お金が無いというお客さんには無期限で待っていたそうで、家計は厳しい状況、そこからの脱出だけを考えるようになっていったそうです。
小学校時代のエピソードには、9才くらいからお店の手伝いをしていたそうで、ある年の年末お店で年末セールを手伝っていて、通りすがりのお客さんに土井さんは大売り出しの声掛けをしている際に、『全く振り向いてくれない、通りすがりの人達を相手にするくらいなら訪問販売をした方が良いのでは?』とお父さんに提案したそうです。そこからトラックに蛍光灯を載せ、1軒1軒売り歩いたそうです。その際、前述のお父さんの徹底した仕事ぶりを取り入れ、単に蛍光灯を販売するのではなく、取り替え〜照明器具の掃除つきで対応すると、瞬く間に近所で評判になりかなりの売上貢献になったそうです。そんな才覚溢れた行動からか、中学2年には、自身の仕事の青写真、計画表も策定し、その時点でお父さんの電気屋さんを引き継ぐために高校卒業は3年で【修行】を終え実家お店の手伝いをすると決めたそうです。中々ここまで計画を決めての行動力には頭が下がります。

◆徹底的に仕事で経験、実践 先輩経営者からの学び

中学2年に策定した計画表に従い、高校卒業後の就職時、『3年で辞めますが雇って貰えますか?』が一番最初に質問をして採用してくださった電気工事会社へ就職。30名ほどの会社、東京、名古屋、大阪と手広く事業を行っている会社だったそうです。入社後すぐに朝一番で出社、お茶出し〜掃除を行うこと、先輩や上司から言われることなく自分は見習いだから何も出来ない今出来ることを考え自発的にやっていたそうで、そこを見ていた社長さんから、すぐに鍵を預けられる【信用】を得ていたそうです。そこから社長に新聞、本を借りたり読み方を教えてもらったりと社会人として必要な勉強も教わりながら、とにかく3年で一人前になることがマストであったことから、盆と正月以外は休まず、朝6時30分に出社〜夜1時、2時までは仕事に没頭されていたそうです。昼間は現場仕事、会社に帰って積算、設計、独り立ちしても大丈夫なこと全てを手間の掛かることを敢えて選んでやっていたそうです。頭が下がります。この仕事ぶりから、3年で辞める事が許されず、3年半で退職、この就労期間でも退職金を社長さんから頂いたそうです、これもスゴイお話ですね。この時期、家電量販店の出店ラッシュの頃、ご実家の手伝いの計画は白紙にし、電気工事業の道を選択、当時では珍しい業務委託を辞めた会社から受けるカタチで独立自営の道を歩むことになったそうです。


◆事業の拡大〜変遷

1999年に一人でスタート、半年で有限会社設立(土井電業)、当社は寝屋川にて間借り(ジェットスキーのショプの空きスペース)、広さは3畳ほどだったそうです。熱心な仕事ぶりから顧客から支持を受け、2年目で2名に、4年目で4名、3年目で大東市の倉庫兼事務所に移転。2005年には8名に、手狭になってきたこと、人材採用強化もあり、2006年に現在の大阪市都島区へ移転。当時【家賃の出世払い】を大家さんが良い人で対応くださり、相当の安価に入居させてもらったそうです。現在はその家賃も当時の倍ほどになっているそうで、まさに出世された証ですね。
2018年3月現在、グループをまとめる、【ときまたぎホールディングス株式会社】その傘下に、8社。起業した際の電気工事業を行っている【株式会社土井電業】、電気工事から派生し、通信分野に事業を見い出し、セキュリティ、省エネ、住設機器まで幅広く取り扱う【株式会社プロック】、工事業全体を視野に入れた際に、隣接業種である建築、不動産、リフォームこちらを主たる事業として【株式会社築拓(チクタク)】、土井さんが電気工事業でバリバリ働いている際に自分が仕入れる電設資材を地方の同業者に販売すると喜ばれるようなサイトを創るのはどうか?と思い立ち電気工事業者向け専門サイトのスタートから事業化・法人化した【株式会社fuel】、元々グループバックヤードである経理面、経営サポートを行うことで取引がスタート、そこからグループに参画した【パーカーズ・ピース株式会社】、経営者仲間のご紹介で知り合った当時18歳の起業家、岩倉さん、彼が和歌山でWebデザイン〜ブランディングの事業で起業する際に応援するカタチでグールプにジョインへ。土井さんがお会いした頃からご実家(和歌山県三尾川(ミトガワ))の農業の再興事業2016年9月に週の5日間は和歌山に住み本気で農業・地元に向き合い地域に根ざし、恐ろしいくらいに草木が生い茂っていた元田畑を見事に復興、竹でハウスを建て、有機野菜の栽培、今ではオーガニックのバラを数千本まで栽培するレベルにまで事業化されています、この主体を地域の方言から【株式会社あがらと(自分たちとの意味→主体的に、自立へ)】を設立、このあがらとが生産するバラをオーガニックの本場であるフランスで勝負するために最近フランスに会社設立するところまで展開が多岐に渡ります。

◆200社の企業群を目指して

電気工事業からスタートしてその近隣業種に展開をしていく連続性を感じます。また事業と直接関係の無いように見えますが、経営サポート、同業他社への通販事業、Webデザイン、農業、海外へと非連続のようで、グループを統括するホールディングスの視点で俯瞰すると全てが繋がりのある事業として映ります。それが創造的発展系として大きな絵を土井さんは描いています。2045年には1社あたりの平均売上を10億円に想定し、200社を設立・グループ化し2000億の企業群を創っていこうとされています。そうすることでときまたぎグループのコミュニティが世界各地の文化を融合していくイメージをお持ちです。楽しみですね。

◆メンバーと未来をド真剣に考える

この短期間でのグループの拡大を土井さん自身が一人で考え引っ張るのではなく、2013年に会社の主要メンバーで毎晩遅くまで自分たちの在り方、会社の在り方、視野を広げ日本、地球、人類レベルでどうあれば良いのかという大きなテーマで延々と対話を繰り返したそうです。一企業の枠組みを遥かに超えたところに敬服します。
そして、作り上げたプロジェクト名が【ときまたぎ】その名前を冠にホールディングスを設立【ときまたぎグループ】となりました。時空、時代、エリアを超えて。


その想いがHPにも掲げていらっしゃいます。
『私たちときまたぎグループは、大自然と人とのより良い調和のかたちを第一に考え、効率的な自然エネルギー循環モデルの開発及び普及と、自然の大切さを学び合う共育活動の実践を行なうグループ企業です。地球全体の『いのちの循環』に寄り添う事業を展開し、未来型の自然と人との共生のあり方、地球に生まれた企業としての役割を、みなさまとともに追求してまいります。』
この大きな命題をクリアにしていく一歩一歩が確実に実現する領域になっていかれているところも興味深いです。

具体的には、
・カンボジアや土井さんの地元和歌山での水車プロジェクト、元々昭和の初期までは地元に根付いた電力会社が全国にあり水車で発電していたそうです。今でも当時の疎水、水路が残っていたりするそうでその復活で、エネルギーの地産に取り組もうとされています。
・地消にも取り組むプロジェクトとしても、電気エネルギーを効率よく(都合よく?)遠くに運ぶための仕組みが現在の交流。しかしパソコン、スマートフォン〜多くの家電製品は直流ですね。その結果、交流→直流に変換する熱を帯びたトランスが世界中に溢れること。その為にも水車で発電した直流エネルギーをその場で直流として活用する。その実験も進めて行こうとされています。もしもの話ですが、直流が世界中の当たり前になった瞬感、大きな発電所は不要な世界観へ。壮大です。
・新しい発電システムの考案、土井さんがふと思いついたこと、特許出願前ですので詳細は残念ながらお伝えできませんが、世界がアッと驚く発明品が出来るかもしれません。これが出来ると送電の仕組みから全てが変化する新しいことに。既に某大学での結果も出ており、数年後に発表されることが楽しみです。
・ハンモックチェアの制作、今までに無かった発想でのオフィス家具を製作に動いています。もうすぐこれもお披露目に。仕事が楽しくなる、身体にも優しい椅子の登場です。

上記以外にも、今まで誰も見たことも聞いたこともない、商品、食品、製品、サービスが生み出されようとしています。本当に楽しみですね。
これも同社の【想い】から全てが考動→実行・実践へ繋がっていると感じます。最後にその想いをお伝えし、土井さんの活動を楽しみに応援していきたいと思います。
【『持続可能な社会の実現』が至上命題となっています。近代化のなかで物質的な豊かさを追求するあまり、人間は地球規模の深刻な問題を生み出してきました。例えば環境破壊の問題。これまでの社会では、自然環境を軽視した過剰な開発や消費が行われてきました。しかし、今取り組むべきことはそういった過去への批判ではなく、よりポジティブかつ具体的な未来へのアクションなのではないでしょうか。
私たちは個人や組織としての利益を再優先するのではなく、大自然と人類の叡智の協働によって永続的に発展する社会を、みなさまと共創するために事業を展開します。】


代表世話人株式会社 杉浦 佳浩
( http://100-dream.jp/ )


インタビュ-当日、打ち合わせの部屋に案内されると、机の上にはたくさんの写真が・・。菅澤社長自ら、「記事に役立つでしょ?」と、ご用意してくださったように、日ごろから相手の行動を先読みし、「二十手先を読む」ことを常としている菅澤社長にお話を伺いました。

◆二十手先を読む

―――変化の激しい今、時代の先を読むということは難しいことではありませんか?
二十手先に目標を決めたときに、目の前の一手は、右に打とうが、左に打とうがどちらでもいいわけで、目標が正面にあれば、いつでも修正ができる。経営戦略だって、何もしないでまっすぐなんて言ってもいろんなことを試してみなければわからない。中心線の真ん中に10年先、20年先を見ていたら、少しぐらい路線がずれても方向性が見えてくるので、軌道修正も可能になる。
“本業から離れず、本業を続けず、本業の中身を変える”。これは牧野昇さんという方の言葉だけど、当社の本業は油問屋。昔からソース屋だけどそれだけで売り上げなんて作れない。本業をやりながら本業の中身を少しずつ変えていく。つまり二十手先を読みながら、新しくリニューアルしていく必要があるということ。
自分の身体は、毎日細胞が活性化されていくでしょ?お風呂に入ってきれいにして肌は生まれ変わっていく。会社も、形は同じであっても、中身は変わっていかないといけない。働いている社員も20年経ったら、今いる人は退職して新しい人が入っている。新しい人が入って回っていかないと、年寄ばかりの会社になってしまうし、会社は何も変わらない。二十手先を読んで、その中の新しいこと、新しい商品をやるのみ。

◆零コンマのわずかな心配りを積み重ねる

―――社長が毎日作る商品サンプルは年間230回、毎日120セット。これって大変ではないですか?
「年間230回の商品サンプル、メニューはどこから出てくるの?」とよく聞かれるけど、メインが一品決まれば後はそんなに悩むことはない。商品を案内するのにサンプルを持って行った方が一番早いし、これでお客さんを誘導するわけ。季節を先取りしてメニューを作る。「この商品がいいんだよ」ってことを、お客さんより半歩前を歩かせてもらってサンプルを持っていく。すると「山屋さん持ってきたやつ、タイミングいい!これ使える」と言ってもらえるわけ。それを毎日、年間にすると230回になる。


1の100乗は「1」で何も変わらないけど、ちょっと手を緩めて、100分の1の誤差、0.99を100乗すると、「0.36」。逆に、1.01を100乗すると、「2.7」になる。
ということは、毎日同じようなことをやっているつもりでも、今日は体調が悪いからと言って、つい力を抜くと、これが0.99になってしまう。逆にいえば、見える努力をするというのが1.01なんじゃないかと。人の何倍も働いていますっていう人がいるけど、人の倍なんて働けるわけがない。手を抜くのは簡単だけど、このわずかな見える努力がもたらす差は大きい。



◆宥坐の器

―――いつも心にある思いは何ですか? 「天狗飛びきりの術」の実行。やってみないで、できない理由ばかり言ってるんじゃなくて、なんでもいいからやってみる。できるかできないかは飛んでみなければわからない、っていうことだけど、父が自筆で残してくれた言葉で、大切な財産。
あとは、「宥坐の器」っていう孔子の教えの一つで、「虚なればすなわち傾き、中なればすなわち正しく、満つればすなわち覆る」。つまり会社の力以上、あるいは力いっぱいの事業をすると、どうしても無理が生じ、経営が行き詰ってしまう。社会的地位や、権力を得ても満ち足りると慢心して、そのうちひっくり返り、得たものすべてを失う、という教えも大切にしていることの一つ。本業から離れず本業の中身を変えていくことは大事だが、この言葉を忘れないようにしている。



※担当コンサルより
山屋食品様はオンリーワンをたくさん持っている会社様です。社員定着率100%、年間サンプル数230回、スタンバイモーター全車両搭載など、同業者がまだまだ追いついていないことを形にしている会社様です。「半歩前を歩く・二十手先を読む」経営姿勢が山屋食品様の付加価値であり、多くのお客様のハートを掴んでいます。0.01のわずかな見える努力を継続することを難しいと思わず、自ら楽しんで行ってらっしゃる菅澤社長には、毎回ご訪問させていただく度に多くのことを学ばせていただいております。

(島村 英美)


日々の業務を運営していると、当然ですが大小様々な問題・課題に直面します。発生都度関係者を集め、対応方法を考え、問題・課題の対応・解決を図っていると思います。
その際に、課題の整理と回避方法、注意点等の情報が抽出され、その情報をもとに対処をされていますよね。

この対処方法を取りまとめることにより、会社の「知財」として蓄積・活用が可能となります。
なぜか。「知財」(=情報)が存在することにより、同一問題・課題が発生しても、知財を活用することで、誰でも簡単に迅速に対応できるようになるのです。知財の活用により、作業効率の向上や人件費の削減が可能となります。
取りまとめをしていない(=知財の蓄積をしていない)場合は、再度問題発生時の作業を行う必要があります。もったいないですよね。
また、全ての企業でシステムは存在します。
インターネットの閲覧、検索、データ送信や簡単なパソコン業務であったり、大掛かりな企業個別のシステムであったり。
皆さんはそれを駆使して通常業務を運用していらっしゃいます。
業務運用だけでなく、システム運用でも様々な問題・課題が発生します。
課題への対応をしている中で、特にシステムに関しては、対応要員の多忙や不足により、うまく対応できていない企業が多く存在します。その為、本来必要ではないシステム投資をしたり、システム対応できていないが為に面倒な作業(運用)を行っていたりする事もあります。

例えば、ある小売企業では、お客様がお求めの商品が店頭に無い場合、店員がバックヤードへ行き在庫の確認を行っていました。お客様をお待たせする時間を短縮するために、タブレットで在庫検索ができる仕組みを導入されました。これにより、在庫確認を行うまでの時間短縮や、在庫が存在しなかった時には取り寄せ処理をその場で実行でき、また在庫のある代替商品をお勧めする事が可能となりました。
1つの問題解決を行ったことで、1つ以上の利点を得ることができ、顧客満足度の向上に加え、関連商品売上の向上にも結び付いた事例があります。
しかし、全てシステムを導入すれば運用が楽になり、利益が向上する事はありません。課題毎に、最適な対象方法を見つける必要があります。

貴社内に埋蔵している「知財」の発掘をして、「知財」を有効活用しませんか?
弊社では貴社と協力し、業務面・システム面双方からの課題の取りまとめと、それに対する対処方法を一緒に考えて行きたいと考えております。無駄を排除し、最大限のパフォーマンスを発揮する為の基礎を作りたいのです。

【知財の発掘】

発掘方法は下記を想定しています。(最短で2週間程度で行う予定です)
・貴社内業務全般に関して、関係者より問題点・課題等忌憚のない意見をヒアリング
・ヒアリングより課題の抽出、解決案の想定を行い一覧表として取りまとめ
・一覧表を使用して解決方法のご相談
※一覧表には課題に対する対応案と対応案採用時のメリット・デメリットを記載いたします。


これまで課題としてわかっていても時間が無くてまとめられないかった事や、当事者だからこそ見えない第三者だから見える課題があります。
・課題を整理し        ・・・業務ヒアリングを実施
・優先順位付けを行い     ・・・取りまとめ結果である、「課題一覧」を使用し優先順位を社内で決定
・メンバーの賛同を得て    ・・・業務改革・変更に関する必要作業を社内説明
・プロジェクト化する     ・・・優先順位に基づきメンバー・スケジュール・目標の決定
上記作業を進めて行く事が、会社の目指す未来像へと着実に近づくと信じております。
問題・課題が人手によるものの場合、大半の解決策で出てくるのはシステム化です。弊社では必ずしもシステムでの対応が正解とは考えておりません。システム導入は少なからずお金がかかるものです。できるだけ運用の見直しでの解決案を前提に考えて行きたいと思っています。抽出された課題と解決案から、「取捨選択」を行っていき、より良い改善策を選択して行きたいと考えています。
貴社内存在する「知財」を発掘・蓄積して、より良い企業運営のお手伝いをさせてください。


(システム顧問:和田 隆博)
大手ITベンダーにおいて21年間、主に小売業種向け基幹システムの提案・開発・保守作業に従事。様々な企業の業務・システムに携わる事で、課題・問題点の抽出や解決方法の提案を経験。中小企業においても大企業と同じ問題・課題があっても対応できていない状況を打破したい思いがあり、会社を起業。現在もブレイン・サプライ社を含め、基幹システムの提案・運用保守作業を実施している。現在ブレイン・サプライ社のシステム担当顧問として従事。

■お問い合わせ先:takahiro-wada@brain-supply.co.jp

■ホームページ  :http://www.c-cube.biz/


平昌オリンピック・パラリンピックが終了しましたが、皆さんも選手を応援して感動したのではないでしょうか?
オリンピックでは、日本勢が獲得したメダルは金4、銀5、銅4の計13個を獲得し、冬季では1998年の長野大会の10個を超えて1大会最多となりました。パラリンピックでは金3、銀4、銅3の計10個を獲得し、前回ソチ大会の6個を上回りました。

今大会は記録ずくめでした。
① 日本選手第1号の金メダル獲得で66年ぶりとなる連覇を達成した羽生結弦。
ソチ五輪に続き、2大会連続の金メダルの獲得。この快挙は1948年のサンモリッツ五輪、1952年のオスロ五輪で連続金メダルを獲得した米国のディック・バトン氏以来の快挙となりました。

② 五輪デビューとなった宇野昌磨。男子シングルで、自身初となる五輪で見事、銀メダルを獲得しました。男子フィギュアで日本人選手が1位、2位の表彰台に同時に立つのは今回が初めてです。

③ スピードスケート女子団体追い抜き(パシュート)で、高木美帆、高木菜那、佐藤綾乃の日本は決勝で前回王者オランダと対決。2分53秒89の五輪新記録を叩き出し、見事金メダルを獲得しました。同種目で日本が金メダルを獲得するのは、男女を通じて初の快挙となります。

④ 今大会から新種目として加わったスピードスケート女子のマススタート。パシュートでも金を獲得した高木菜那が夏季五輪も含め、日本女子史上初となる同一大会での複数金メダルの偉業を達成しました。

⑤ 高木美帆は冬季五輪で、女子選手初となる同大会、金銀銅メダル同時獲得を成し遂げました。さらに姉の菜那と姉妹揃っての金メダル獲得でもあり、多くの記録を生んだ大会となりました。

⑥ スピードスケート女子500mでは小平奈緒が五輪記録となる36秒94を記録し、スピードスケート女子として、また日本選手団主将としても初の金メダルを獲得。同大会同種目1000mの銀、バンクーバー五輪団体(パシュート)の銀と合わせて、五輪の通算獲得メダル数も3個となり、冬季五輪の女性選手として高木美帆と並び最多となりました。人としても魅力的な方だと思います。五輪3連覇を狙う地元・韓国代表の李相花(イ・ソンファ)が2着でレース後、3連覇を逃した李は太極旗を手にしながら号泣。小平は李のもとへ向かい、抱き締めて言葉を掛ける。李は小平のねぎらいに微笑み、2人でウイニングラン。互いの健闘をたたえる美しい姿がありました。

⑦ ノルディックスキー複合の個人ノーマルヒルで渡部暁斗が銀メダルを獲得。前半飛躍で3位、後半の距離10kmで順位を上げ、2大会連続の銀メダルを獲得しました。渡部暁は試合後、左肋骨骨折を抱えていたことが判明。痛みを押して今大会全種目を戦い抜き、オリンピック後のノルディックスキー複合のワールドカップ(W杯)では初のW杯総合優勝を決めました。

⑧ スノーボードの男子ハーフパイプでは平野歩夢2回目で95.25をマークし、ソチ五輪に続き2大会連続となる銀メダルを獲得しました。1年前に左膝靭帯損傷の大怪我をし、選手生命すら危ぶまれましたが、その苦難を乗り越えてのメダル獲得に賞賛の声があがりました。

⑨ 今大会、快進撃を続けたカーリング女子は準決勝で敗れたものの、3位決定戦で英国と対戦。5-3で勝利し見事銅メダルを獲得。男女通じて同種目初となるメダル獲得に日本中が歓喜しました。
「もぐもぐタイム」「そだね~」は流行語大賞候補に挙がっているとか。

⑩ ジャンプ女子ノーマルヒルで高梨沙羅が銅メダルを獲得。メダルを期待されながらも4位で終わってしまった前回大会の雪辱を晴らす悲願のメダル獲得となりました。14年ソチ五輪で初採用された同種目で日本人初のメダル獲得となりました。

⑪ 原大智はスキーフリースタイル男子モーグル初のメダルとなる銅メダルを獲得し、今大会日本勢初のメダリストに。雪国ではない東京都出身の選手としては史上3人目のメダル獲得となりました。

⑫ 平昌冬季パラリンピックは、アルペンスキー女子大回転座位で、村岡桃佳が金メダルを獲得した。今大会の日本勢金メダル第1号。21歳0カ月での金メダル獲得は、冬季大会の日本選手で史上最年少となった。村岡桃佳は今大会ですでに滑降で銀、スーパー大回転で銅、スーパー複合で銅メダルを手にしており、自身五つ目のメダルを獲得し、日本勢で冬季大会史上最多のメダル数を記録しました。

皆さんは、誰が印象に残ったでしょうか。私は、やはり羽生結弦選手です。
昨年11月、NHK杯の公式練習中に右足首を負傷し、「右足関節外側靱帯損傷」と診断されました。1月中旬に氷上練習を再開し、ぶっつけ本番の五輪となりました。
私は試合前のインタビューを聞き、そのコメントが他のアスリートよりも魂レベルが数段上だと思い、金メダルを獲ると確信しました。

試合後の松岡修造氏とのインタビューでも印象に残る言葉がありました。
中でも羽生選手が好きな言葉は、「弱さは強さ」。今大会の前に重傷を負ったが、「右足が弱いという状況も、それこそ強さに変わる」「その弱さがあるからこそ、強さってものが見えてくる」「弱さと強さも表裏一体と思っていて、弱さをちゃんと見つめて転換させられれば、それは強さになる」と続けた。
「金メダルは人生の始まり」と口にした羽生選手だが、今は「中間点」と表現。「やっと自分の人生に誇りを持てる肩書ができたなと思っている」「この肩書をどう使うか、これからの人生次第。うまく使っていきたい」と、ひとりの人間として「金メダルに恥じない良い人生」にしたいと明かしました。

「金メダルは人生の始まりでこの肩書きをどう使うかはこれからの人生次第」
という言葉を聞いて、感銘を受けました。羽生選手は22歳ですが、歳は関係ないと思いました。
人生は長さよりも厚みだと感じました。

スポーツ選手は、明確な目標を持っています。4年後のオリンピック、または羽生選手のように将来、自分がどうありたいかと追及されています。
会社員も目標・夢・使命感を持ちながら仕事をするべきではないでしょうか。
ただ、漠然と目標・夢もなく働いているのでは人生の楽しみがないと思いませんか。
人は電車に乗る時は行き先を決めてから乗ると思います。人生も同じで最終ゴール(なりたい自分)がないと迷子になってしまいます。人生ですから、特急電車に乗る必要もありません。各駅停車でもいいと思います。人生はスタート地点に戻ったり、寄り道することもありますが、それが貴重な財産になります。

ただ、目標がないとそのルートから外れ、遭難してしまいます。
50年後の自分はどうありたいかという夢から逆算して、5年後、10年後、20年後の目標が明確になって、いまやるべきことも「見える化」してくると思います。
まずは従業員に目標・夢・使命感を与えることが大事で、使命感に気付いた人は利他の精神で働くと思います。まずは、従業員の方々に「君の夢は。」(古いですか)と真剣に聞く機会を作ってみてもいいのではないでしょうか。私も小学生の頃は、「掛布選手のようになりたい」と言っていましたが、いつからか夢を語るのが恥ずかしくなっている気がします。こういう時代だからこそ、会社内で夢・使命感について語るミーティングがあってもよいかと私は、今回のオリンピックを通じて感じました。

(関西事務所 島本 浩平)











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