令和元年9月号

query_builder 2019/09/10
サプライ通信

岡社長の今月のアドバイス
●『大東亜戦争から学ぶリーダーシップ⑤』
●『価値観の転換期の到来!』
●『セールスで重要なこととは!』
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労務の寺子屋
『令和元年度地域別最低賃金が答申されました』
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関西事務所便り
『育児奮闘中です!』
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今月のご縁むすび
『歴史アイドル&株式会社ぴんぴんころり
小日向 えりさん』
BS企業名鑑
『自然の恵みに感謝し、安全、安心、安定した品質の食品を提供し続ける』
株式会社丸一食品 代表取締役 中尾 公明 氏
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新入社員自己紹介 『足立哲生』
『石原洋志』
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ブレイン・サプライ ニュース
『ベトナム視察ツアー第2弾のご案内』
『消費税法改正に伴うご請求に関するお知らせ』
『バンコク通信 ~なぜか食べたくなる日本食 お好み焼き~』

大東亜戦争から学ぶリーダーシップ⑤

第5回目は、今村均大将インドネシア独立の礎を築いた男です。(いまむら ひとし、1886年6月28日―1968年10月4日)日本の陸軍軍人。陸士19期・陸大27期首席。最終階級は陸軍大将。宮城県仙台市出身。




私の持つ印象では、今村均大将は軍人というよりも、むしろ人徳の備わった、信念の軍政家といったイメージです。 陸軍士官学校への進学にあたり、寝小便に悩み、その克服のために睡眠不足になって居眠りを繰り返しましたが、努力の人であり、その人柄を認められ、あの厳しい軍隊生活の中で、教官から居眠りを特別に認められるというエピソードの持ち主でもあります。最終的にはエリート中のエリートといわれる陸軍士官学校とその中から選抜される陸軍大学を首席で卒業されました。

小学校高学年まで寝小便を繰り返し、3枚の布団を腐らせたという武勇伝(?)を持つ私は、昔この今村大将の逸話を知り、親近感を持ったものでした。因みに、私の長男が小学校低学年の頃、オネショに悩んでいた際に、「1枚目の布団もまだ腐らせていないレベルで、オネショごときで泣くんじゃない、お父さんは3枚も腐らせたほどの男や!」と一喝したところ、長男は上には上がいると安心したのか、その後ほどなくしてオネショが止まりました。(笑) 坂本龍馬も成人してからも寝小便(地元土佐では才谷屋の“よばあたれ(寝小便たれ)”で有名)を度々していたそうですね。(大物の必須条件は実は寝小便たれだったりして・・・んな訳ないか。)
今村大将が統治したインドネシアでは、今村大将が司令部に出勤するたびに、地元の子供たちが行進して後を追った(頁1右写真)そうです。オランダの圧政から解放された喜びだけでなく、今村大将の融和的な統治や人徳が、インドネシア人の心を掴んで離さなかったそうです。今村大将は元文学少年でもあり、陸軍士官学校時代から聖書や『歎異抄(たんにしょう:鎌倉時代後期の仏教書)』を愛読しており、部下にもしばしば読むことを薦めていたそうです。

東亜の解放を一生懸命やらなければいけない

1600年ごろから植民地となったインドネシアでは、オランダ人が現地人に暴行したり、強姦しても罪に問われませんでした。オランダは行政を握り、インドネシア人に教育の機会すら与えない差別(注1)を行いました。現地で独立を求める機運が高まると、3人以上の立ち話まで禁じました。これは現在の中国のチベットの支配と同じです。(詳細は頁3①~⑫の通り) 日本併合する前の朝鮮半島でも、両班・中人・常人・賎人・白丁(注2)の5つに大別され、3割ほどの人民が奴隷でしたが、日本統治によって奴隷は解放され、全ての人民に戸籍が与えられました。朝鮮人はその際に、両班の使っていた苗字を使いたがったようで、そのため金、李、朴、鄭・・・などの数少ない苗字に集中したようです。

(注1) 日本で非難されている植民地支配(実は同化政策であり植民地政策では無い)ですが、大阪大学、名古屋大学よりも前にソウルや台北に大学を設立し、7割以上の現地人が学んでいた。
1886年 東京帝國大學(東京大学)設立
1896年 京都帝國大學(京都大学)設立
1907年 東北帝國大學(東北大学)設立
1911年 九州帝國大學(九州大学)設立
1918年 北海道帝國大學(北海道大学)設立
1924年 京城帝國大學(ソウル大學校)設立
1928年 臺北帝國大學(國立台灣大學)設立
1931年 大阪帝國大學(大阪大学)設立
1939年 名古屋帝國大學(名古屋大学)設立


(注2)
両班・・・貴族
中人・・・低い官職の人や医官、技術者など
常人・・・普通の庶民で 農業、工業、商業を営むもの
賤人・・・奴婢(使用人)、倡優(芸人)、僧侶、巫女
白丁・・・動物の屠殺に従事する者など


そうした欧米のアジア支配が続く中、大東亜戦争中の日本は「アジア解放」を掲げて戦いました。今村大将は1942年3月、第十六軍司令官として、インドネシアに上陸し、僅か9日間でオランダ軍を駆逐し、約350年続いた植民地支配を終わらせました。今村大将は、オランダが投獄していた独立運動家のスカルノ(デビ夫人〔イスラム教に基づく第3夫人〕の夫)らを解放し、政治活動の自由を与えました。また、オランダ人が独占していた公職をインドネシア人に置き換えていきました。その際オランダ人の手先となって支配者側についていた華僑の多くを追放しました。戦後日本を非難するアジア人と称する人の多くは、この特権を奪われ、追放された華僑のようです。
今村司令官布告「布告第1号」が残っています。
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1 日本人とインドネシア人は同祖同族である
2 日本軍はインドネシアとの共存共栄を目的とする
3 同一家族・同胞主義に則って、軍政を実施する
==========
当時、植民地の住民にとって「共存共栄」等と言う言葉はとても信じられないくらいのものです。植民地支配を受ければ、人口の9割が死ぬという時代だったのです。人々に私有財産は認められず、男は苦役に狩り出され、女は貞操を奪われる。それが被植民地の常です。なぜなら、欧米列強にとっての植民地とは、「支配者」と「被支配者」の関係でしかなかったからです。キリスト教の名において、神に仕える西洋の白人に対して、野蛮人であるアジア・アフリカ人に対して労働の提供を求めることは合法であったのです。
ところが今村大将は、開口一番「共存共栄」です。インドネシア人たちは非常に驚きました。そして今村司令官の布告は、終戦まで一度も破られる事はなかったのです。

他にも例えば、
①農業改良指導
②小学校の建設と、児童教育の奨励
③新聞「インドネシア・ラヤ」の発刊
④英・蘭語の廃止と、公用語としてのインドネシア語採用
⑤5人以上の集会の自由
⑥多方面でのインドネシア人登用
⑦インドネシア民族運動の容認
⑧インドネシア人の政治参与を容認
⑨軍政府の下に「中央参議院」を設置
⑩各州・特別市に「参議会」を設置
⑪ジャワ島全域に、住民による青年団・警防団を組織
⑫「インドネシア祖国防衛義勇軍」(PETA)の前身を創設
特に⑫はどう見ても、ジャワ(インドネシア)独立への「ステップ」です。
そして現実に、ジャワの日本軍政時代にインドネシア独立の段取りは整えられていきました。
軍政が落ち着いた1942年11月、今村大将は第八方面軍司令官として、アメリカの反攻が迫るパプアニューギニアのラバウルに異動になります。補給が途絶えた南方戦線の多くの地域では、兵士の半分以上が餓死しましたが、ラバウルでは、今村大将が自給自足のために広大な畑をつくらせていたので、10万人の兵士が飢えずに済みました。

また今村大将は、敵に備えて塹壕も掘りました。終戦までに掘った長さは、全部で東京から名古屋ぐらいになり、爆撃されてもびくともしないものでした。今村大将の指導で要塞化した、ラバウルの陣地を見たアメリカは、同地への上陸を諦めたそうです。

戦犯裁判で「全ての責任は負う」

インドネシア攻略の後、オランダによって流刑とされていたインドネシア独立運動の指導者、スカルノ(初代大統領)とハッタら政治犯を解放し資金や物資の援助、諮詢会の設立や現地民の官吏登用等独立を支援する一方で、攻略した石油精製施設を復旧して石油価格をオランダ統治時代の半額とし、オランダ軍から没収した金で各所に学校の建設を行い、日本軍兵士に対し略奪等の不法行為を厳禁として治安の維持に努めるなど現地住民の慰撫に努めました。

かつての支配者であったオランダ人についても、民間人は住宅地に住まわせて外出も自由に認め、捕虜となった軍人についても高待遇な処置を受けさせるなど寛容な軍政を行いました。

日本の敗戦後、世界各地で多くの日本兵が戦争犯罪人(戦犯)として裁かれました。

植民地を奪われた復讐心もあり、無実の罪で死刑になるなど、乱暴な判決が横行しました。今村大将がいたラバウルでも、白豪主義のオーストラリアが裁判を行いました。

今村大将はラバウルではほとんど戦っていませんので、豪州司令官は、『戦争犯罪なし』と報告しましたが、オーストラリア本国が「何百人かは有罪に」といった指令を出したため、やむなく戦犯とされてしまいました。しかし、裁判で今村大将は「全ての責任は自分が負うから、部下は日本に帰せ」と主張。10年の有期刑判決を受け、戦犯として日本に移送、1949年に巣鴨プリズン(A級戦犯の収容所)に収監されました。(第16軍司令官時代の責任を問うためのオランダ軍による裁判では、無罪とされました。)

ところが、今村大将は「(未だに環境の悪い南方で服役をしている元部下たちの事を考えると)自分だけ東京にいることはできない」として、1950年(昭和25年)には自ら多数の日本軍将兵が収容されているパプアニューギニアのマヌス島刑務所への入所を希望しました。夫人を通してGHQ司令官マッカーサー将軍に直訴したといわれています。その態度にマッカーサーは、「私は今村将軍が旧部下戦犯と共に服役する為、マヌス島行きを希望していると聞き、日本に来て以来、初めて真の武士道に触れた思いだった。私はすぐに許可するよう命じた」と言ったといわれています。 恥ずかしいことに、部下に死を命じた戦犯容疑者の大半は無罪を主張し、マッカーサーは怒りを感じていたようです。

その後、刑期満了で日本に帰国してからは、東京の自宅の一隅に建てた謹慎小屋に自らを幽閉し、戦争の責任を反省し、軍人恩給だけの質素な生活を続ける傍ら回顧録を出版し、その印税はすべて戦死者や戦犯刑死者の遺族の為に用いられたそうです。元部下に対して今村大将は出来る限りの援助を施し、それは戦時中、死地に赴かせる命令を部下に発せざるを得なかったことに対する贖罪の意識からの行動であったといわれています。その行動につけこんで元部下を騙って無心をする不心得者もいたようですが、そのような輩に対しても今村大将は騙されていると知りながらも敢えて拒みはしなかったといわれています。

リーダーとはどうあるべきか、その責任の取り方とはどのようなものか。今村大将の人生はそのことを我々に明確に伝えてきているように感じられます。昨今の政治家や官僚、経済人、芸能人等の報道を見るにつけ、私利私欲、損得、自我に走るリーダーの生き様が、多くの国民に悪影響を与えているような気がします。

私は、この今村大将の生き様を、今後多くの人に伝えていくことで、若いリーダーの育成・指導を実施していきたいと思います。

ご参考)インドネシアの独立記念日は8月17日です。彼らはその日を<ムルデカ17805>と呼んでいます。因みにその意味は、ムルデカとはインドネシア語で「独立」を意味し、17805は左から17日8月05年となります。その05年はどこから取ったかというと西洋暦の1945年の45ではなく、日本の古い年号である皇紀2605年(神武天皇即位から2605年の意味)から持ってきたものです。インドネシアでは独立年号を日本の皇紀で表すほどの親日国でもあり、日本に感謝しているのです。


価値観の転換期の到来!

大きな価値観の転換期が今起きていると感じます。それは、平成世代(S57~平成生まれ)の若者たち(物心ついたころから不況の中で育ってきた世代)が社会に出て働くようになって、徐々に勢力を拡大し、社会の中で主流派となりつつあり、自分たちが本当に戦う相手は誰なのかを知り始めてきていること、そしてそのターゲットが昭和の既得権益集団(政治家、官僚や農協、NHK、理不尽な経営者等)であると理解し始めてきているのではないかということです。

彼らは納得できない理不尽な権力行使に対してNOを訴え始めてきたようです。

知識を得るにあたり、アナログ時代のように先生と生徒の子弟(上下)関係の間は、下剋上は起きにくいですが、知識をネットをはじめとした外部媒体で習得し始める世代が台頭してきた現代においては、理不尽なことに対してはストレートにNOを訴えてきます。その世代はインターネット世代、SNS世代、ゲーム世代でもあり、解決策が複数あることを知識として保有しているため、我慢をすることが美徳とされた古い価値観を良しとせず、自己の心の満足にフォーカスして生活しています。今後はこの心の満足を求める世代が、益々主流になっていくことを想定したビジネスモデルが求められるようになってくるでしょう。


上の図は主要国の名目GDPの推移です。日本は1994年以降殆ど成長していません。

資源のない我が国は、昭和の時代には教育という優位性の他、西欧以外で唯一の科学技術を持つ先進国でもありました。これは本当にご先祖様にいくら感謝してもしきれないところです。ところが、インターネットが普及した現代では、ほぼその優位性が失われてきており、今後は益々資源を持ち、国家としての意思決定の早い国(大統領制の米国、ロシア等、中国、ブラジル、インド等の新興国や共産国)に差を広げられていくことでしょう。将来的には議院内閣制の政治組織の国(イギリス、ドイツ、日本)は意思決定のスピードにおいて、上記の国々に水をあけられ、衰退していく可能性が大です。

国家としての意思決定が、現行制度下では極めて厳しいと言わざるを得ない環境下では、民間組織を中心に、①意思決定のスピードアップに加えて、②コミュニケーション・ロスを最小限としていくことも求められます。

現在私は、全国で働き方改革への対応策として、セミナーを数多く実施しておりますが、多くの経営者の皆さんが、どう対応していいかわからない、先が見えないとの思いでセミナーに参加されます。

極めてシンプルで、即効性がある上記①②の即時実行を、

『~働き方改革への最適対応策~ 100年企業を目指す、未来型人事労務管理のススメ』

でお話しさせていただいております。

現代の若者は「思考」を「言葉」に変換することも不得手とし始めています。彼らは人生の多くの時間を、SNSをはじめとしたネットにアクセスすることで費やし、そこから回答を得ることを繰り返してきたため、対人関係において極めて重要な、人と人との間(人間の由来)の適切な距離感を維持することが困難になってきています。

いわばインプット人間ではありますが、アウトプット人間は少ないようです。

答えはシンプルなようです。

<人と人との間の適切な関係の維持>のために、社内のルールをワーディング(言語化)すること。これからの企業はこの部分にフォーカスすることで、働き方改革を克服していけると思います。キーワードは意思決定のスピードアップとコミュニケーション・ロスの克服です。

早急に取り組みたいと思われる方は、ぜひご連絡ください。

セールスで重要なこととは!

お金に執着したセールスは売れないセールス
出会いにフォーカスするセールスは売れるセールス

平成1~20年位の頃、エゴを前面に出した、売らんが為のセールスの方によくお会いしました。彼らは本当によく数字を挙げていました。ところが時代が平成21年を過ぎたあたりから、徐々に世の中の情勢が変化してきているように思います。当時沢山いた数字至上主義のセールスの方を、徐々に見かけなくなってきたのです。

私の過去10年を振り返ってみましても、数字を追いかけている間の目標達成は困難でした。ここ3~4年は数字を追うのをやめました。すると毎日が楽しく、「今日はどのような人とお会いできるだろうか」と考えることが多くなってきたのです。さらに、今日はどのようにお客様と出会うのか?にフォーカスし始め、目の前のお客様のお悩みや苦痛を取り除くことやこうすればお客様はもっと良くなるといったことに意識が集中していき、結果的に自己の持つ潜在意識の中の引き出しから、複数の答えを探して持ってくることができるようになってきました。

現在の私にとっては、お客様とお会いする目的は「売ること」でも「買っていただく」ことでもなく、目の前のお客様への商品説明という最終確認の前に、そのお客様とどれだけ<信頼の創造>をできるかどうかということに向かっているような気がします。

運のいい人は何故運がいいのか

京都大学の大学院工学研究科の藤井聡教授の認知的焦点化理論、配慮範囲の広い人ほど運がいい を実践していくプロセスの中で判明してきたことは、

① <自分>→ ② <家族>→ ③ <友人・社員> ・・・ここまでは魂磨きの関係
④ <知人>→ ⑤ <他人>→ ⑥ <生物・植物・物>・・・ここからは運をもたらす関係

運を引き寄せることを研究しているプロセスの中で判明してきたことは、自分の外側の世界とどのようにしてアクセスし、結びついていくかが重要であるということです。

ビジネスで儲かっている組織の大半は、多くの人を喜ばせているという1点において共通しています。しかも身近な存在ではなく、赤の他人を喜ばせています。

恐らくですが、上記①②③の関係は自我や利己やエゴと結びつきやすく、④⑤⑥の関係は利己の入る余地が少ない、利他の分野と繋がっているような気がします。

この利他にフォーカスすると、生き方における理念や大義名分が明確になってきます。

恐らく人は、軸の定まった、生き様のきれいな、明確なビジョンをもって生きている、一生懸命な人や存在を応援したくなる生き物のようです。そして逆に自我や利己やエゴのエネルギーを避ける傾向が強いように感じます。

ビジネスで重要なことは、お互いに認知しているか否かは別として、出会いの瞬間からセールスはスタートし、交流を通してどこまで<信頼の創造>ができるようになるのか、またそのプロセスで、エゴの部分(利己)を抑え、利他の関係を構築できるのかがポイントのように感じます。結果的に<信頼の創造>の構築ができた関係から、お客様を動かし、本来業務に結び付いていくように思います。

新しい時代のセールスは、「出会いにフォーカスしていくこと」であり、さらにその瞬間に相手に意識を向けることで人を動かしていき、信頼の創造を行っていくことが主流になってくるでしょう。



~東京、神奈川で全国初の時間額1,000円超え、全国加重平均額は901円~

立秋が過ぎ、今年も最低賃金について話題をする時期となりました。最低賃金制とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低限度を定め、使用者はその最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとされている制度です。

この度、厚生労働省は、7月31日に厚生労働大臣の諮問機関である中央最低賃金審議会が示した「令和元年度地域別最低賃金額改定の目安について」などを参考として、各地方最低賃金審議会で調査・審議し、今日までに答申した令和元年度の地域別最低賃金の改定額(以下「改定額」)を取りまとめました。

ポイントは下記の通りです。また、「各都道府県に適用される引き上げ額の目安」は別表1、および「改定額・発効予定年月日」は別表2をご参照ください。

令和元年度 地方最低賃金審議会の答申のポイントといたしましては・・・
東京、神奈川で全国初の時間額1,000円超え(東京都1,013円、神奈川県1,011円)、そして
改定額の全国加重平均額は901円(昨年度874円)となり、昭和53年度に目安制度が始まって以降で最高額になっていることです。

(参考)コトバンクより ☞加重平均とは・・・ 軽重の度合を考慮に入れて求めた平均。重みつき平均。
☞答申とは ・・・ 上級の官庁や上役の問いに対して意見を申し述べること。

皆さまご承知のとおり、毎年の行事になっておりますので、このタイミングで賃金を見直しされる企業様が多いことと存じますが、今一度、自社の賃金について確認しておきたいポイントを見ていきたいと思います。

◎適用される対象者は・・・?

雇用形態に関係なく、全ての労働者が対象となります。
(正社員、契約社員、パート社員、アルバイト、派遣社員等)
尚、派遣社員に対しては派遣先の事業場に適用される最低賃金となります。

◎最低賃金の対象となる賃金は・・・?

最低賃金の対象となるのは毎月支払われる基本的な賃金です。ただし、残業代やボーナスは含みません。最低賃金を計算する場合には、実際に支払われる賃金から以下の賃金を除外したものが対象となります。

【最低賃金の対象とならない賃金】
(1)臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
(2)1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
(3)所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
(4)所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
(5)午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の
計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
(6)精皆勤手当、通勤手当及び家族手当


◎最低賃金以上になっているかを確認する方法

(1) 時間給制の場合 時間給≧最低賃金額(時間額)
(2) 日給制の場合 日給÷1日の所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
(3) 月給制の場合 月給÷1箇月平均所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
(4) 出来高払制その他の請負制(歩合等)によって定められた賃金の場合


(5) 上記(1)、(2)、(3)、(4)の組み合わせの場合
例えば、基本給が日給制で、各手当(職務手当など)が月給制などの場合は、それぞれ上記(2)、(3)の式により時間額に換算し、それを合計したものと最低賃金額(時間額)を比較します。

例)北海道で月給制の社員として働く場合
①基本給が月120,000円
職務手当が月30,000円
通勤手当が月5,000円
時間外手当が35,000円 合計190,000円 とします。
②年間所定労働日数は250日
1日の所定労働時間は8時間 とします。
北海道の最低賃金は時間額861円(別表2より)です。
③支給された賃金から、最低賃金の対象とならない賃金を除きます。
除外される賃金は通勤手当、時間外手当であり、職務手当は除外されません。
190,000円-(5,000円+35,000円)=150,000円
④この金額を時間額に換算し、最低賃金額と比較すると
(150,000円×12か月)÷(250日×8時間)=900円>861円となり
最低賃金額以上となりますのでOKです。

又、最低賃金のUPに合わせて自社としての最低賃金を見直し、生産性向上のための設備投資や(機械設備、POSシステム等の導入)教育訓練、経営コンサルティングなどのサービスの利用をされた場合に活用できる助成金もあります。(事業場内最低賃金が 1,000 円未満の中小企業・小規模事業者対象)
ご興味のある方は、下記リンク等にてご確認もしくは当社スタッフまでお問い合わせください。
<業務改善助成金>
https://bit.ly/2Szti82
最低賃金の引き上げは、社員の立場では喜ばしいと感じる方が多いかもしれませんが、103万や130万など、扶養の範囲で働く方にとっては、働ける時間に影響することでもあり、様々な捉え方があると思います。

また、企業にとっては単純に人件費が増しますので本当に悩ましいことです。
社員の立場としては、定期昇給も含め最低賃金がアップすることによる給与のアップを当たり前であると思わずに、そのアップに対して感謝の気持ちを忘れず、「前年度よりもいい仕事をする!」というような働く精度をアップする意識で仕事に臨み、社員と会社がともに成長できることを目指していければよいのであろうと考えています。


出典:厚生労働省
令和元年度地域別最低賃金額改定の目安について(令和元年7月31日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06020.html
すべての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました(令和元年8月9日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06141.html


今年の4月から育児休暇より復職しました中村と申します。
私は2015年9月に入社、その後1年も経たないうちに妊娠が発覚し2016年7月から産前産後休業・育児休業を取得し、あれよあれよと2人目を妊娠し昨年6月に出産、保育園も無事に決まり晴れて復職することができました。今後ともよろしくお願いいたします。

サプライ通信の記事を書くのは初めてなので何を書こうかとても悩みましたが、あまり難しいことは書けないので育児のことなどクスッと笑ってもらえるようなことを書けたらいいなと思います。

□私のストレス発散

よくママ友との話題に挙がるのがストレス発散についてです。私は寝ることが大好きなので寝てストレス解消していましたが、子供がいると日中はなかなか寝ることができません。ではどうしているかと言いますと、食べる方にいっています(笑)。現在、人生MAX体重です(泣)。また子供を主人に預けて1人で外出する方法もありますが、それだと私は返って気を使ってしまいます。それなら“家事をせず”に家で子供たちと向き合って遊びながらゆっくりする方が向いていると思いました。子供と一緒にいて溜まるストレスは子供で発散することが私にとっては合っていました。

□溜まるおもちゃ

子供が2人いるとおもちゃも溜まってきますし、片付けても片付けても(下の子に)すぐに出されてしまいます。リビングのほとんどの収納はおもちゃで埋まっています。そこで主人が動きます。大物のおもちゃ(例えば乗り物など出しっぱなしになってしまうもの)をこそっと違う部屋に持っていくことにしたのです。それは私にも伝えられることなく行われるので、私は『あれ、なんか部屋が広くなった?』と思って初めて気づく程です。しかし、2歳(もうすぐ3歳)の女児はすごいです。目ざとくおもちゃを見つけては「あれ~、なんでここにあるん?」と言いながらリビングに戻してしまうのです!(笑)そして振り出しに戻るおもちゃたち・・・。この戦いはいつまで続くのでしょうか。

□イベントたくさん夏の遊び

そんな暑い中、中村家が遊びに行った場所をご紹介します。

・川遊び

浅い川だったので子供たちは怖がることなくじゃぶじゃぶ入って楽しみました。
魚やカニがいたら捕まえたいなと、小さい網を持っていきたかったのですが用意できず料理に使うザルを持って行きました笑 手に持っているのはザルです。


・夏祭り

夏と言えばやっぱりお祭りですね。お揃いの甚平を着て行ってきました。
私はどうしてもイチゴ飴が食べたくて買ったのは良かったのですが、あれって食べるのがすごく難しいんですね。
手や口はもちろん甚平も汚れてしまい、そんな時に限ってウエットシートを忘れるという・・・笑
夕方から行ったので暑さもそこそこで(食べ歩きを)楽しみました。

・真夏に最適!海遊館

最後は海遊館(大阪にある水族館)です。以前行った時は目玉のジンベエザメがいなくて寂しい
思いをしましたが、今回は2頭もいました。

子供たちも興味津々で、まるで空を飛んでいるかのように優雅に泳ぐ魚たちを見て喜んでいました。
館内は涼しいですし、所々にベンチが設置されているので座ってぼーっと眺めるのもとても癒されると
思います。真夏にこそ是非行って欲しい場所です。



(中村 千紗)


歴史アイドル&株式会社ぴんぴんころり 小日向 えりさん

〜高齢者の就労支援を本気で考え事業を構築、東京かあさんは母親目線のライフサポート定額サービスです〜

https://kasan.tokyo/

このコーナー初めての現役アイドルさんの登場です!しかも起業家。お話を伺うたびに、事業への想いの深さ、これからの時代における本事業の必要性を実感します。しかもご自身の実体験も大きく影響しての事業化で、お話していて本当に楽しくワクワクウキウキします。そんな小日向さんについてお伝えしたいと思います。

◆食べチョク 秋元さんのご紹介

ビビッドガーデンを経営する秋元さん、昨年の7月に開催頂いた夜会に小日向さんがお越しいただいたのがご縁でした。秋元さんが行っている事業が、【食べチョク】。農家の美味しい野菜や果物を家庭に直接届ける事業で頑張っていらっしゃいます。こちらがそのサイトです。https://www.tabechoku.com/

◆名刺交換をしてびっくりでした!

その夜会でびっくりしたのが、小日向さんの名刺でした。とにかく字が大きい!見やすくて優しい感じ。私から第一声で『なんでこんなに字体が大きいのですか?』と、お聞きしました。『私の事業のパートナーはお年寄りです。ですので見てすぐ分かるくらいに文字を大きくしています』と、まさに大切なことを具現化されていると感じたことが今も鮮明です。その時の私への伝え方にとても芯がある印象を受けました。事業のミッションをキチンと捉えていらっしゃると感じました。

小日向さんのプロフィールを下記に。HP等から。
・1988年生まれ。奈良県出身。横浜国立大学教育人間科学部卒業。
歴ドル(歴史アイドル)の草分け的存在。信州上田観光大使、関ヶ原観光大使などのほか、NHK大河ドラマ「真田丸」オフィシャル応援勇士も務め、メディアやイベントを通じ、女性ならではの視点で歴史の奥深さ、おもしろさを世に広めている。初詣は毎年、真田信繁戦死の地である安居神社を参拝している。


小日向さん


近著に『いざ、真田の聖地へ』(主婦と生活社)、ガイド役として参加した『井沢元彦が教える戦国時代の兵法』(宝島社)。現在、NHK「高校講座」に出演中。

タレント小日向えり公式ブログ https://ameblo.jp/erikohinata/

・インターネット大好き! おばあちゃん子

2012年11月 歴史グッズ通販サイト「黒船社中」主催
2017年7月 高齢者支援事業(株)ぴんぴんころり 立ち上げ
と2つのお仕事を両立されており、30代になり起業家としての側面に注力中だそうです。
さらに取得資格には、三国志検定1級(女性芸能人唯一の検定保持者)、江戸文化歴史検定 3級、中国語検定3級、日本城郭検定3級、メディカルタイチ(太極拳)3級と多彩で、歴史系がまさにお好きです。「インターネット大好き×おばあちゃん子」という特性が起業に繋がっています。

著書に真田家に関する出版があるのを見て、私から『心眼寺知っています?』と、お聞きすると、『もちろん、大阪の真田山!』と、明快なお返事。心眼寺は私の父方の親戚一族が眠っているお寺であり、そのお寺の門には真田家の【六文銭】が縁取られております。私が毎月、ご先祖に仕事の報告と感謝をお伝えしていることを小日向さんにお話しますと、えらく褒めていただきました。

心眼寺についてはこちらを御覧ください。https://sanadada.com/1273/

◆アイドル時代から大学時代、そして起業の道へ

・アイドルを目指すキッカケをお聞きしました。

→小学校4年生の時に、ある写真との出会いがあった。
昆虫や植物を撮影する自然写真家の方がプリントされた写真カレンダーを見て、心が惹かれました。写真を見ているうちに、興味がカメラに移っていったそうです。小学校5年生で父に一眼レフのカメラをプレゼントしてもらってさらに写真が好きになり、写真の仕事につきたいと思っていたそうですが、いつしか撮る方から撮られる方に興味が移り、高校生の時に芸能事務所に入り、アイドルの仕事をはじめるようになったそうです。

・大学受験から大学生活について

『下宿前の庭に生えているニラを採ってチヂミを作って食べていました。間違えて雑草を採ってしまわないように、匂いで嗅ぎ分けるのが上手なんです』と、衝撃的な大学生活時代をブログでも語っていらっしゃいます。先日、小日向さんのお母様にお会いした際に、この大学生活のことをお聞きする機会がありました。『姉妹3人を全員大学卒業まで育てるのに必死でした』と、お話がありました。素敵なご家庭のご出身であることを理解しました。

芸能活動を東京でやっていきたい夢をもっていた小日向さん。ご両親は猛反対。「もし東京へ行くなら国立大学以外はNG」という厳しいお話があったそうで、芸能活動と大学進学はリンクしないと思っていた小日向さんは大学進学すら乗り気ではなかったそうです。その後芸能活動と上京を達成するため必死で猛勉強し見事横浜国立大に合格されたそうです。この合格にはお父さんの一言『夢があることの素敵さ、夢に向かってがんばれ』が大きな原動力に。このあたりの詳細は小日向さんのブログを御覧ください。

ボンビーガール自慢 立志編はこちらhttps://amba.to/2k0lf8V

ボンビーガール自慢 受験編はこちらhttps://amba.to/2kszPGx

ボンビーガール自慢 バイト編はこちらhttps://amba.to/2lvDoff

頑張り屋さんの小日向さんが思い浮かびます。


・前述のプロフィールにも書いている通り、2017年7月にぴんぴんころり起業に至る経緯について、【おばあちゃん子】という特性が大きな要因になっています。小日向さんのおばあさんは現在86歳。80歳まで元気に働いていらっしゃったそうです。しかし仕事を辞めてから、途端に元気がなくなっていくお姿を見てたいそう心配されたそうです。
それから「高齢者を何かしら支援する事業をやっていきたい。そこに得意なITをからませていきたい」とおぼろげに考えるようになったそうです。

加えて、大学在学中に、他大学に潜り込んで【起業論】を勉強していたこともあるそうで、どこかで起業のタイミングを知らず知らずに図っていたのかもしれませんね。

・実は今回の起業がはじめてではない小日向さん

【黒船社中】という通販サイトをご存知でしょうか?そこには小日向さんがモデルとして登場されています。サイトはこちら(https://bit.ly/2lEzBfv)。幕末グッズ専門店「黒船社中」を20代半ばで立ち上げました。【新選組スマホケース】、【高杉晋作Tシャツ】などなど、おもしろグッズが並びます。ここ数年来でアイドルと起業家のハイブリッドで器用に活動していくことを徐々に開始していらっしゃいます。

しかし高齢者の就労支援がしたいという気持ちが抑えられず、昨年の春に芸能活動縮小の決断をしたそうです。このあたりは、ブログでも発表されています(ブログのURL→https://amba.to/2kj8mHo)。

◆東京かあさんの事業について

芸能の仕事を縮小し、いよいよ事業に集中しようと動き出した小日向さん。当初は高齢者のスキルシェアで事業を考えていましたが、そこからピボットして【おせっかいスタイルの家事代行事業】へ向かうことに。

分かりやすい例えで、この事業を解説してくださいました。『街中に溢れるカフェでもスタイルはバラバラ。同じカフェでもスタバ好きもいればドトール好きもいる。スタバは珈琲を売っているだけではなく、店員さんとのコミュニケーションも楽しいカフェ。東京かあさんもコミュニケーションを楽しめる家事代行にしたい。時間通りにキビキビする家事代行もあれば、おせっかいを焼いてくれて、ほっこりする家事代行があってもいい。東京にもうひとりお母さんが出来たような、ぬくもりが通い合う体験を提供したいと思っています。』というように、【母親目線のライフサポート】を提供しているのが【東京かあさん】です。

サービス内容については以下を御覧ください。(HPから抜粋)

お母さんの心得(HPより)
・本当の息子、娘と同じように愛と真心を持って接する。(人は鏡!)
・100の家があれば、やり方は100通り。
・担当のご家庭のために、一生懸命考えて、ときにはおせっかいを焼く。
この心得をコンセプトに事業を構築されています。

利用費用も利用者の財布に優しく、1時間1450円〜、しかも毎月の定額制、30分から利用できる。登録されている『お母さん』は60代〜70代、契約のときには【親子契約】を締結、毎月の支払いを【仕送り】と呼ぶそうです。本当にアイデアも素敵です。

◆期間限定メイド喫茶【ぴんころ】に行ってみました

ある時小日向さんから、クラファンやります!と連絡をいただきました。(https://bit.ly/2kkmH6r)


メイド喫茶ぴんころ開催


4月28日は【シニアの日】。これにあわせて、メイド喫茶を3日間期間限定で開店するプロジェクトでした。メイドは【冥土】とダブルミーニングで、しかも冥土の土産がもらえるというなんともおもしろい企画。ひと目見てお役に立ちたい!と思って申し込みましたら、私が一番乗りでした!嬉しいですね。

100年蔵を改装した素敵なカフェ。当日は、NTT東日本の大村さん、ストリートスマートの松林さん、スキャンマンの杉本さんと一緒に鎌倉まで和気あいあいのショートトリップでした。なかでも松林さんは小日向さんとは初対面。奥さんに似ているからということで私が誘いました。その結果、「似ている!」を連発。これも不思議なご縁でした。

お店に入って驚いたのは、『お帰りなさい』とメイドの皆さんが迎えてくださったこと。平均年齢70歳の別嬪さんとたくさんお話ができ、小日向さんの言う、『ほっこり』を体感させていただきました。帰りには、冥土の土産をいただける有り難さ。期間限定でなく是非常設で、と思った次第です。メディアへの露出も多く、お客さんからも、「また開催してほしい」という声が多数上がったそうです。

このメイド喫茶では、小日向さんのお母さんにもご挨拶ができ、さらにご縁を感じる場面もありました。感謝です。


メイド喫茶にて小日向さんのお母さんと


◆NTT東日本の大村さんから一言、小日向さんへ

「初対面は杉浦さんのご紹介で日本橋のカフェでした。華やかな雰囲気はもちろんのこと、自ら感じた課題を迷うことなく、どんどんカタチにしていく、起業家精神をお持ちの素敵な方だなーと、ビビっときました!鎌倉でのメイド喫茶「ぴんころ」では、三人のお母さま方のスキルを体験させて頂きました。誰もが持っている社会のお役に立ちたいという思いをどのように引き出し、実現に向けてどうお手伝いすべきかを知る貴重な経験となりました。並々ならぬご苦労があったと思いますが、その実行力に感服しております!NTT東日本として何も貢献出来ておらず、とてももどかしいのですが、これから発展される中で良いタイミングを見つけ、是非ご一緒したいと思ってます!!」


NTT東日本の大村さんと


◆今後の展開について

『シニア経済圏をつくる!!』と事業の夢が膨らむ小日向さん。今回の年金問題でますます年金世代が消費に向かわないと感じているそうです。

高齢者がお金を使わずに時間を過ごそうとしても元気が出ない。まず収入を得ることで、消費にも繋がり、元気が出る!笑顔になる!ということを確信している小日向さん。旅行、お買い物、学び、未病(運動、ヘルスケア〜美容)へと良いことづくめ。そこの経済圏を応援するのがぴんぴんころりであり続けたいと考えています。専用のICカードや、シニア向けのマンション、ジム、旅行ツアー、教育、お出かけ手助け等々とアイデアは広がります。ここ数年で実現していきたいことについてもお聞きしました。

・東京かあさんの次は東京とうさんを展開していきたい。

社会的に課題が大きいのは女性よりも男性。高齢男性の社会との関わり、ここを良くしていく意味でも、【東京とうさん】を来年以降にスタートしたいと。こちらは定額制ではなく、洗車やエアコンのクリーニングなどをスポットでお父さんに頼めるサービスを検討中だそうです。

・神奈川県、横浜等々、行政との連携を強めたい。

国が推し進めている【高齢者雇用対策】。横浜国立大ご出身ということもあり、まずは青春時代を過ごした横浜で、なにか連携が出来ないかと考えているそうです。私にも、『横浜を、神奈川を、善くしていきたいです』と素敵な笑顔で力強く話していらっしゃいました。

歴史を学び、過去の成功事例を研究しながら事業に活かしていっている小日向さん。運の良さ、やり続ける意欲の高さ、私もリスペクトしています。シニアも子育て世代もハッピーな社会づくりを事業化されることを心から楽しみにしています。そして私も一助となれますように。


代表世話人株式会社 杉浦 佳浩
(http://100-dream.jp/)
1月1日付にてHPリニューアルしています。↑↑↑
是非ご覧ください!!


中尾社⻑、圭生様、この度はお忙しい中、貴重なお時間を賜りありがとうございました。今回は、中尾社長ご夫妻が常⽇頃⼤切にされている株式会社丸一食品の理念とルーツについてお伺い致しました。

◆ はじめに、御社の事業内容を教えてください。


昭和38年に静岡県焼津市保福島にて父が創業して以来、一貫してもやしの生産から、販売、配送までを一括して行ってきました。(現在は配送については協力業者様のお力を借りています。)
もともと父は長崎の五島列島の出身で、長崎市内に渡った際にもやしに出会ったそうです。その後、下関を経て静岡の地を踏み、初めは酒屋の敷地を借りてもやし生産を始め、父が60歳の時に旧工場を起こしました。創業当初はもやしの育成についても試行錯誤の連続で、 また、県外から来たこともあり、様々な苦難があったそうですが、今では順調に経営を拡大してきて、父が修業した長崎のもやしメーカーさんとのご縁を持つに至っております。
事業内容としては、もやしの生産・販売だけでなく、ネギやキャベツ等の原体や、カット野菜の製造も行ってきました。

◆ 中尾社長の就任の経緯を教えてください。

高校を卒業してからすぐに父の仕事を手伝っていました。20代の後半からは、工場内勤務をしつつ、配送などの外回りをしてきました。当時の社員数は12、3人程で、トラックは7台程の規模でした。初めの頃は生産量が安定していませんでしたが、私が35歳ぐらいからは少しずつ安定して生産できるようになりました。私が社長に就任したのは38歳の時で、その前から新工場の構想を持っており、平成24年に現在の新工場が完成しました。
自分の中では、もやし以外の仕事は特に考えたことが無く、うまく父親に誘導されていたのだと思います(笑)。父は生粋の職人肌でほとんど口をきかず、私から見て怖い存在でしたが、やはり子どもながらに父にくっついていて機会があれば仕事を手伝っていましたので、自然な流れで会社を継ぎました。社員の皆さんをはじめ、これまで弊社に携わってきた方々、お取引先様のご支援のおかげで、今はとても楽しくもやしを育成しております。

◆ 社長が日頃から大切にしていることは何でしょうか。


もやしの生産において『腐敗』は大敵で、一度腐敗が生じると何トンものもやしを廃棄しなければなりません。腐敗を可能な限り無くすために、 『水の管理、洗浄・消毒の徹底、作業区分の徹底』という基本を忠実に守っています。そのためには、何が「ちゃんと」した管理なのかを社員の1人1人が正しく理解し、生産に携わる全ての人が「モノを大切にする」という意識を持つことが大切だと思います。
もやしは緑豆が原料なのですが、その緑豆は中国の農家の方々が大切に育てています。原料を生産して頂いている方々の努力を忘れずに、 『緑豆1粒を必ず商品にする!』という意識を持ち、我々の「食」を支えてくださっている方々のためにも、腐敗を生じさせて捨てるということは絶対にしてはならないことだと思います。
ただ、どれだけ気を付けても腐敗は生じてしまいます。1つの育成室でもやし18~20tを育成しますが、毎日腐敗が生じることを当たり前と捉えるのではなく、1kgでも生じたら重大なことと考え、次に腐敗が起きないように改善策を検討し、反省点を共有する体制(心)が大切です。これは弊社に限ったことではなく、コンビニや飲食店で生じる食品の廃棄ロスについては、心が痛みます。

◆ 苦労した事は何でしょうか。


新工場に移転する前は、腐敗によって製品ができないことがあり、なぜ腐敗したのか原因が分からないときはかなり悩みました。ただ、この話をすると「苦労したのですね」とよく言われますが、苦労を苦労と思ったことは正直無いです。
腐敗の対策を試行錯誤してきたことは大変ではありましたが、その積み重ねの結果として得られたノウハウ、経験は 代えがたい財産です。
新工場に移転してからは、社員の皆さんにも恵まれ、 生産も安定し、大変だと思ったことはほとんど無いです。

◆ 今後の展望をお聞かせください。

現状に満足せずに、生産効率をもっと追求し、もやしの育成の安定化を引き続き図っていきたいです。また、経営を支えてくださっている社員の皆さんのために、大手にも負けないような社員の福利厚生を拡充していきたいと思います。長期的には私が55歳になるまでに海外進出を果たすことを目標にしています。





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