令和元年5月号

query_builder 2019/05/10
サプライ通信

岡社長の今月のアドバイス
●『大東亜戦争から学ぶリーダーシップ②』
●『新元号改元!』
●『世界遺産・屋久島初上陸!』
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労務の寺子屋
『働き方改革関連:どうなる労働者の確保』
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ベトナム㈱GNT社のご紹介
『システム開発 アウトソーシングしませんか?』
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今月のご縁むすび
『Happy Life Career 加藤 晶子さん
~研修会でもお世話になった加藤さん~』
関西事務所便り
『BSしまモンの食いしん坊万歳!~神社九州編~』
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新入社員自己紹介
『小林 和美』
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BS社長名鑑 ~社長、出番です!~
『様々なコミュニケーションをクリエイトする』
秋田中央印刷株式会社 代表取締役 大野 正樹 氏
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ブレイン・サプライ ニュース
『バンコク通信 ~なぜか食べたくなる日本食 お好み焼き~』

大東亜戦争から学ぶリーダーシップ②

第2回目は、樋口季一郎中将:5000人~2万人のユダヤ人を救済した男です。



生年月日:1888年8月20日
出身地 :南あわじ市
死没:1970年10月11日 (82歳)

樋口 季一郎は、日本の陸軍軍人。兵庫県淡路島出身。最終階級は陸軍中将。歩兵第41連隊長、第3師団参謀長、ハルピン特務機関長、第9師団長等を歴任し、最終役職は第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官。
樋口中将は最近、歴史の見直しが行われる中で、脚光を浴びるようになってきた軍人であり、大東亜戦争時の陸軍軍人の中でも、私の尊敬する軍人の一人です。
彼は当時の陸軍軍人の中でも珍しく、人道に対する理解の深い人物であり、穏やかな人柄と共に確固たる敢闘精神を兼ね備えた理想のリーダーシップを持ち合わせていました。彼のエピソードで有名な事件が以下の通りです。

① オトポール事件 (1938~40年)

満洲のハルピン特務機関長在任中に、シベリア鉄道経由で欧州から逃れてきたユダヤ人難民を、満洲国に働きかけて救出したことです。約5000名を超えるナチス・ドイツから逃れてきたユダヤ人を保護し、上海の租界に逃した事件であり、樋口は上司である東條英機中将に、「ヒトラーのお先棒を担いで弱いものいじめをすることは正しいと思われますか」と説得しました。 樋口の話に納得した東條英機は、ユダヤ人救出に対して全責任を請負い、その後のドイツ外務省の抗議に対し、「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」と一蹴しました。
シンドラー氏や杉原千畝氏ばかりが有名ですが、軍人の立場でありながら、ユダヤ人の救済のために尽力した樋口中将のことは、もっと国内の歴史で取り上げるべきであると思います。因みに現在のイスラエルでは、戦後建立されたエルサレムの中心地にある「黄金の碑(ゴールデンブック)」の上から4番目に、<偉大な人道主義者ゼネラル・樋口> として刻印され、イスラエル建国の功労者として永遠に顕彰されています。ここにはモーゼやメンデルスゾーン、アインシュタインの名も刻まれています。

② キスカ島撤退作戦 (1943年5月)

北方軍(後の第五方面軍)司令官在任中に、圧倒的なアメリカ軍の包囲下、玉砕を目前にしていたキスカ島の日本軍守備隊6千名弱の将兵を隠密裏に撤退させるという「奇跡の作戦」を成功させたことです。
このエピソードはあまりにも有名で、東宝映画『太平洋奇跡の作戦「キスカ」』でも取り上げられていますが、大本営の承認を待たずに作戦の実行を決定したのは樋口司令官でした。映画の方では三船敏郎演じる木村昌福(まさとみ)司令官ばかりが取り上げられていますが、この作戦を裏で実行に導いたのは樋口中将でした。

③ 樺太・占守(シュルムシュ)島防衛戦 (1945年8月~9月)

日ソ中立条約を一方的に破棄して参戦し、終戦後にも侵攻を続けたソ連軍に対して「断乎反撃」を命じ、ソ連軍に大損害を与え、その野望を砕いたことです。
北千島の最北端の島・占守島での勝利、そして樺太での奮闘によって、実はスターリンの狙っていた北海道は辛くも護られたのです。日本国民、そして少なくとも北海道民の方々には、もっと樋口季一郎中将に対するリスペクトと感謝があってもいいように思います。面白いことに、ソ連は戦後シベリア送りにしようとして、米軍に樋口中将の引き渡しを要求してきましたが、マッカーサー将軍は断固拒否しました。同将軍とその背後の米国国務省を動かしていたのは、ニューヨークに総本部を置く「世界ユダヤ協会」でした。
世界の富の7割はユダヤ資本が抑えているなどと、まことしやかに囁かれている今日この頃ですが、ユダヤ勢力がこれほどまでに成長した要因は何でしょうか。よく言われるのが教育・宗教・選民思想等ですが、私は彼らの律儀なまでの<感謝の力>であるような気がします。最近インバウンドが注目されていますが、イスラエルから中部地方に来られる方々の多くが、岐阜県にある杉原千畝記念館に足を運ぶそうです。先人に対する感謝を忘れた民族は滅んでいくような気がします。

私の好きな言葉に、

<かけた情けは水に流せ 受けた恩は石に刻め>

があります。ユダヤに限らず、人の成長の一端がここに見られるような気がします。そして日本人のみならずユダヤ人の心に残る偉業を成し遂げ、歴史に残る優れた業績を残した樋口季一郎中将に、心から感謝したいと思います。

新元号改元!

日本の5月1日からの新しい元号が、令和(れいわ)と発表されました。
他の選択肢が複数用意されていたことが後に発表されていますが、あくまでも形式的に用意されただけであり、最初から「令和」の一択だったと感じるほどしっくりきました。
新元号の由来が、歌集「万葉集」の「梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文」からとのことです。「初春の令月(れいげつ)にして、氣淑(きよ)く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後(はいご)の香を薫す」
令月とは、旧暦の2月を指すようです。 現時点(執筆時4月20日)で皇太子殿下であられる徳仁親王(なるひとしんのう)は2月23日生まれということで、まさに「令和」は新しい天皇陛下の時代であることを示しているのでしょう。
新時代の幕開けとして、新しい元号を心から祝福し、受け入れたいと思います。
ところで、平成の30余年を振り返ってみますと、総じて平和な時代であったと思われます。私は、時代は常に新しい世代が中心となって進んでいくものと考えていますので、2時代前の昭和の人間として、平成、令和の生まれの人々に、我々が先人から引き継いだもの(国、伝統、技術、経験等)を奇麗にバトンタッチしていきたいと思います。

<平成時代年表と主なエピソード>

平成元年(1989) スタート!世はバブル真っ只中!私は当時25歳の新婚ほやほや!
平成2年(1990) バブル崩壊… 私:保有株大暴落・・・
平成3年(1991) 湾岸戦争勃発!ソ連崩壊! 千代の富士引退 私:福岡転勤・・・長女誕生
平成4年(1992) 佐川急便事件 週休2日制スタート
平成5年(1993) 自民党が初の野党へ EU発足 Jリーグ開幕 私:長男誕生
平成6年(1994) 松本サリン事件 ジュリアナ東京閉店 私:ジュリアナ東京一度行きたかった・・・
平成7年(1995) 地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災 多くの方が亡くなりました・・
平成8年(1996) スタバ日本1号店オープン たまごっちブーム 私:東京転勤・・・二女誕生
平成9年(1997) 山一證券破たん 消費税5% アジア通貨危機
平成10年(1998) 長野五輪 韓国で日本文化解禁
平成11年(1999) ジャイアント馬場死去、ヤマンバ流行 石原都政へ
平成12年(2000) 沖縄サミット 2000円札発行 iモード
平成13年(2001) 9・11同時多発テロ 小泉内閣発足 Suica導入 私:経営コンサルタント業へ・・・
平成14年(2002) 日韓ワールドカップ 千代田区で路上喫煙禁止条例
平成15年(2003) 六本木ヒルズオープン オレオレ詐欺横行
平成16年(2004) ヨン様ブーム 紙幣デザインが現行へ変更
平成17年(2005) 郵政民営化、構造計算書偽造問題(姉歯事件)
平成18年(2006) ライブドア事件 村上ファンド事件 会社法施行
平成19年(2007) 消えた年金問題 東京マラソン初開催
平成20年(2008) リーマンショック iPhone3G発売でスマホ普及 私:MSI退職・・・
平成21年(2009) 政権交代 民主党鳩山政権発足 私:ブレイン・サプライ創業・・・
平成22年(2010) 尖閣事件、普天間問題 JAL倒産
平成23年(2011) 東日本大震災 地上波テレビ放送デジタル方式に完全移行
平成24年(2012) 東京スカイツリー完成 ギリシャ危機 LCCが日本に就航
平成25年(2013) 第2次安倍内閣(自民党が政権返り咲き PM2.5
平成26年(2014) アナ雪ブーム 消費税8% 笑っていいとも終了
平成27年(2015) 東芝不適切会計問題 ラグビーW杯・日本3勝
平成28年(2016) 熊本地震 ポケモンGO PPAP パナマ文書
平成29年(2017) トランプ大統領就任 モリカケ問題 朴槿恵大統領逮捕
平成30年(2018) 史上初の米朝首脳会談 米中貿易戦争 GAFA
平成31年(2019) 吉田沙保里引退 徴用工問題 私:初孫誕生・・・

いろいろありましたが、争いの少ない、総じて平和な時代であったと実感します。
今後は「令和」となりますが、新しい時代の幕開けとして、2019年の残り7か月を思いっきり楽しんで乗り切っていきましょう!

世界遺産・屋久島初上陸!

3月21~24日の3泊4日で、念願の世界遺産・屋久島に行ってまいりました。
私のスケジュールは大体2か月先まで埋まっています。それを知ってか、例のマメな連れ(以降K氏)は早めに予約を取ってくれました。3月21日は15:55発の飛行機で鹿児島入りです。当日の朝は久しぶりに長時間眠れる予定でしたが、妻に起こされたのは何と朝6時前。入院中の長女からの緊急連絡で、予定日1か月前で破水したとの知らせが。
取るものも取りあえず、病院へ急行、妻と長女は救急車でO病院に搬送、私は不要につき帰るようにとの寂しいお言葉を受け、帰宅後入浴していたところ、妻から再度携帯に「もうすぐ生まれるから急いで病院に来い」とのメール。お風呂入ってすぐでもあり、昼過ぎに空港に行くことを考え、またよく考えたら爺のできることなど無いことが分かり、ゆっくりと屋久島行きの準備をして、車で病院に。到着後病室に入れるわけでもなく、やはり私の判断は正しかったので、出張から駆け付けた義理の息子に後を託し空港へ。ラウンジで寛いでいると妻から「14:41に産まれた」とのメールが入りました。
写真(写真①)を送ってもらい、じわじわと初孫の実感が湧いてきました。
平成最後の生まれとなりました。これも孫の魂が選択してきたのだと一人合点しつつ、飛行機に搭乗し、一路鹿児島へ。





鹿児島でK氏と郷土料理で飲み明かし、例によって何のガイドブックも見ていない私は、散々非難され、少なくとも世界遺産の屋久杉トレッキングの箇所だけはよく見ておけと怒られました。初めて知りましたが、何とトレッキング中は立ちションができないのです。汗かきの私は水分補給が多く、昔からキャンプが趣味でもあり、山の中では「立ちション」と「野グ〇」は定番です。何の予備知識もないまま誘いに乗ったことを後悔しました。翌日は早朝より鹿児島港(写真②)から高速船に乗って屋久島へ向かいます。到着後直ぐに宮之浦港近くの宿の用意した弁当を持ち、そこで購入した携帯トイレを2つもって、バスに乗って「白谷雲水峡(写真③~⑧)」へ。舐めてました、登山。そこは想像を超えるアップダウンがあり、9キロの道のりの大半が坂道でした。大汗をかき、足ががくがくしてきて、後半では攣(つ)ってきました。翌日の縄文杉トレッキングはこれで無理だなと勝手に解釈して、明日は港でのんびりしようと思っておりました。最近の私の日常では3~4回くらい大の方でトイレに行きます。このままでは必ず携帯トイレのお世話になってしまいます。このことも私の心を暗くしてしまいました。その日の夜は豪華食事と風呂で足をよく揉んでほぐしたことで、何とか攣った部分が急速に回復してきました。同時に往復22km、14時間のトレッキングへの参加意欲が湧いてきました。翌朝は4時起床です。出発後8.5kmはトロッコ道(写真⑨)を延々と走破です。途中屋久猿(写真⑩)に出会い、ウィルソン株で記念撮影(写真⑪⑫)し、有名なハートマークをゲット。ここまでに3か所のトイレがありましたが、その全てで出すものは全部出し、気も心も晴れ晴れとなり、不安は解消、途中で湧水を飲み、弁当も食べて気力は充実、散々汗をかいたので、小便意は催さず、アップダウンの多い残りの2.5kmは苦しみつつも楽しい道のりとなりました。



④-1



④-2



























そのうち世界遺産地域(写真⑬⑭)に足を踏み入れ、自然の「気」のシャワーを散々浴び、ますますパワーアップしてきました。私の体はどうも良い「気」に反応するようです。そして到頭縄文杉(写真⑮~⑲)に到着です。流石に多くの方から称賛されているだけのことはありました。強烈なパワーを頂くことができました。





ガイドさん(写真⑲の真ん中の人)との記念撮影も終え、小一時間ほど縄文杉スポットに滞在した後、パワー全開、足取りも軽く、前日の足の攣りなど無かったかのような快適さで、さっさと先頭を歩きます。帰りは往路の2/3以下の時間でバス停に到着しました。その日の夜は、屋久島の反対側で農業を営んでいる、中学3年生の時の担任の鶴田昌光先生(写真⑳)にお会いし、一緒に食事をさせていただきました。鶴田先生には、当時受験生にも拘らず、悪戯や事件ばかり起こしてご迷惑をおかけしてしまったことをお詫びいたしました。先生は現在屋久島でポンカンとタンカンを栽培していらっしゃいます。当社の新規事業のお話をさせていただき、生産農家としてお付き合いいただくこともご提案させていただきました。屋久島再訪の楽しみが増えました。







最後は鹿児島といえば定番、天文館むじゃきの白熊(写真㉒:今回は小サイズ)です。お好み焼きを食した後のかき氷は最高です。今回の屋久島訪問の3泊4日は内容の濃いものとなりました。
皆様も是非屋久島に行って、「気」の充電をしてみてください。あれから1か月経過しましたが、いまだに体に残っている感じです。一押しの世界遺産です!



働き方改革関連法(以下「働き方改革」と言います)が平成31年4月から順次施行されています。労働基準法の70年ぶりの大改革とも言われております。今回はこれに関連して、労働力(人)の確保についてお話をします。
働き方改革の関連法の研修等開催するときに必ずお伝えする事項として、人口及び労働力人口の急激な減少のお話をします。以下の述べるお話はちっぽけな鳥取県の話として聞き流さないでください。皆様方の地域も大小の差はあれ、同じ流れが水面下でおきています。
我が鳥取事務所のある、日本最少人口である鳥取県の平成31年4月1日現在の人口は556,594人です(人口推計)。この人口は昭和22年の鳥取県人口587,606人(▲31,012人)より少ない人口です。平成30年1月と比べ平成31年1月では1年間で▲4,689人減少です。鳥取県には市が4つしかありません。鳥取市(188,925人)、米子市(147,410人)、倉吉市(47,120人)、境港市(32,841人)です。仮に30年と31年を比べた減少人口▲4,689人が10年続けば、ほぼ倉吉市が消滅します。しかも減少人口は年を追うごとに拡大することはあっても縮小することはありません。
人口の減少がすすむと感覚的に理解しながら、肌でまだ感じていない方も、この地で起こりうる、この仮想現実をお話しすると、今さらながら驚かれます。
15歳以上65歳未満の生産年齢人口(鳥取県)は、2010年352,098人、2020年予想301,080人、2030年予想265,874人と2010年からの20年間で▲86,224人(2010年比▲24.4%)の減少見込みです。
今後、労働力確保が難しくなるぞ‼ということはお判りいただけたでしょうか。
もう一つの指標を見てみましょう。鳥取県の有効求人倍率は平成31年1月1.65倍、岡山県2.00倍、広島県2.08倍です。北陸3県は共に約2倍ですので、労働者の奪い合いに近い状態となりつつあります。
先の鳥取県の近県にしてもそうです。東京は2.12倍、埼玉、千葉、神奈川は1.2~1.3倍で東京集中といったところです。
この働き方改革は①日本の労働力人口の減少を労働生産性の引き上げで解決し、②労働時間の短縮等の施策によって、減少する労働者を健康で如何に長く働いてもらえるか、不足する労働力人口をいかに補うか等を大きな目標にしています。
経営者の皆さまは毎年、事業の年次計画を立てられることと思います。売上げの現状維持か売上げの増加あるいは収益構造を変え、売上げが現状維持であっても収益重視、内部留保の維持あるいは拡大と舵を切っている方もおられるでしょう。
労働者の数が減少することの対応策として、生産性に絡み合理化を進めることで企業体力を維持するとか、チェーン店であれば店舗数を縮小していくとか、縮小するマーケットから国外へ進出する等といったいろいろな方法があります。

国内では、労働者の奪い合いの環境の中では、福利厚生の充実とか賃金の上昇といった労働環境がより良い会社に人材が集まってきます。ということは、現在の上場会社のように福利厚生、賃金等、共に中小企業に比べ優位にある企業が、あるいは中小企業でも大企業並みにこうした環境を近づけることで生き残りは優位に働きます。
日本の正社員は約16%が年次有給休暇を1日も取得しておらず、また、年次有給休暇をほとんど取得していない労働者については長時間労働者の比率が高い実態にあります。「現在、自社ではあまり有休を消化させていないな」と思っている事業主は、この働き方改革を好機とみなして、抜本的に生産性の改革に当たってください。改革の知恵は自分でも、社員からでも、専門の第3者からでもいくらでも手に入ります。改革をしようとしない事業主さんは残念ながら、将来、事業経営から退場を迫られることになります。
残業規制について、中小企業は2020年から始まります。この規制によって、残業代にもしわ寄せが来ます。残業代が大幅に少なくなる可能性があるからです。月に5万から10万円位少なくなることもあります。通常の賃金を生活基盤にしている社員から、もっとより給料のいい会社への転職動機が生まれる可能性があります。本人からでなくとも配偶者からの不満も起こりえます。もっと条件のいい会社へと。
労働人口を見ていきましょう。厚労省のデータでは平成29年度の労働人口は5,460万人です。うち非正規雇用労働者は2,036万人、約半数の997万人がパートです。2030年には人不足が644万人と予想されています。
三村正夫著「小さな会社の働き方改革・どうすればいいの」によれば、今後10年間は65歳以上の参入があれば600万人位の労働力の不足分はカバーできるとしています。上記の人不足644万人を外国人労働者も入れ、カバーは出来ます。ただし2030年までに限ってです。外国人労働者の賃金も、今後日本人労働者と同等の支払が必要になってきます。65歳以上の雇用についても有能で働いてもらえる方にはどんどん働いてもらってください。
4月19日、政府・与党が在職老齢年金制度廃止を検討しているというニュースが流れました。実現すれば益々、65歳以上の労働力を手に入れやすくなるでしょう。フルに働いてもらわなくも、半日とか働ける時間帯に合わせる働き方もできます。
また前記著によれば、「自社の社員の年齢から、あと何年働いてもらえるか考え、現在から5年後、10年後と定年及び継続雇用を考えた社員数予測を求め、人材募集対策に役立てることと、将来の人材在席目標を明確にしていくこと」を薦めています。
最後に、厚労省からの年次有給休暇の取得に関連して「①年5日時季指定義務」と「②就業規則への規定」に違反した場合の罰則について、お知らせしておきます。


(森下 英嗣)

『自社システムを作りたい。でも少しでも費用は抑えたい。IT人材不足で困っている・・・。そんな時は、海外アウトソーシングしてみませんか?』

~ベトナム ㈱GNT社 オフショア開発のご紹介~

深刻化するIT人材不足


昨今、ビッグデータ、IoT、AI(人工知能)等の新しい技術やサービスの登場により、今後ますますIT活用の高度化・多様化が進展することが予想されています。 しかしながら、日本の人口減少に伴い、労働人口、特に若年人口が減少することから、今後、IT人材の獲得は現在以上に難しくなると考えられています。
このように、IT需要の拡大にもかかわらず、国内の人材供給力が低下することから、IT人材不足は今後より一層深刻化する可能性が高いと経済産業省からレポートされています。


出典:経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」

今年2019年をピークにIT人材不足は今後ますます深刻化してき、2030年には約79万人までIT人材の不足規模が拡大するとの推計結果が公表されています。

オフショア開発に再注目

そのような国内におけるIT人材不足の状況の中、改めて注目されてきたのが海外の会社や海外にある子会社でソフト開発やシステム開発などをアウトソーシングで行うオフショア開発という手法です。
以前は主にコスト削減を目的として利用されてきましたが最近ではIT人材のリソース確保としても注目されてきています。
海外での開発というとまずは中国、インドをイメージされると思いますが現在では日本からの受託先の国別ランキングでいうと1位ベトナム、2位ミャンマー、3位中国、4位インド、5位バングラディシュ、6位フィリピン、7位タイ、8位インドネシアといったようにアジア、東南アジアに集中しています。
特に1位のベトナムに受託先の比率が集中しているのですがその背景にはいくつかの理由があります。
まず中国のここ近年の経済成長により中国国内のIT人材の需要と人件費高騰がオフショア開発のメリットであるコスト削減と人的リソース確保が賄えなくなってきた事です。そこでそれらを補うことができる次の国がベトナムでした。
それは中国やインドと比べるとベトナムでの開発コストは40~50%低く、また、インド人に比べればベトナム人の離職率は低く、企業への忠誠心が高い点が理由としてあげられます。
2014年頃から日本企業の開発先をそれら国からベトナムへ徐々にシフトしてきており2016年には中国を抜いてベトナムが日本企業の最大のオフショア開発先になり現在に至ります。現在日本からベトナムへの受託額は4億ドルに上るそうですが年々増え続けています。
更にベトナムは長年における日本からの経済的援助などで親日であることと各家庭では教育に熱心で根っからの勤勉な国民性など他にも日本の国民性と共通する部分が多くあり共に仕事がしやすいという点もあります。また一部の学校では第二外国語を日本語にする取り組みがされておりベトナム政府としても日本とのビジネスを重要視しており日本語を話せる人材が今後増えていくことが予想されます。

2018年のベトナムの年代別構成比は、1974年の日本と同じであり、平均年齢31歳の豊富な労働力、人口が増加傾向に有り今後ますます経済発展が見込まれています。


ベトナム政府の方針でIT人材の育成に力を入れており毎年、4~5万人がIT系学部を卒業し、日本市場向けオフショア会社で働くのは2万人と言われています。
今、ベトナムがもっとも注目されている理由です。

弊社、GNTは、ベトナムで10年以上のオフショア開発の実績がございます。お客様の開発プロジェクトをベトナムの優秀なIT人材が担当致します。IT人材や開発にお困りの際はお問い合わせください。

株式会社GNT
東京都渋谷区渋谷3-11-2 渋谷パインビル5F
オフショア開発
03-5766-6002 http://www.gnt.co.jp/

ブレイン・サプライ・㈱GNT共同企画 ベトナム・ホーチミン視察ツアーのご案内

エンジニアの採用が出来ずに困っていらっしゃる企業様、アジア進出を希望されている企業様
システム開発したけどやり方が分からなくて困っている企業様


企画:ブレイン・サプライ/GNT共同
日程:2019年7月24日(水)〜29日(月)
途中参加、途中帰国等、ご相談ください!

未だに経済成長を続けているベトナムの活気溢れる街並を体験頂けます。
GNTベトナムのラボ型ITオフショア現場を視察頂けます。
現地の美味しいレストランをご案内
オプション観光ツアーも別途ご相談下さい。

ブレイン・サプライより

昨年は代表の岡、そしてこの5月の連休で私、和田が訪問してきました。
ホーチミンの若い人材の多さと、国策でITに力を入れているだけあり、技術レベルの高さに驚きました。
広いフロアにずらっと並ぶPCとそれに向き合い真面目に仕事をしている様子は壮観です。
自社のシステム開発から、面倒なホームページ作成まで、ベトナムの技術とコスト安を使って実現しませんか?
自社にIT部門やSEがいないという企業様には、弊社顧問SEが御社からご要望をヒアリングし、ベトナム現地と御社の橋渡しをします。

少しでもご興味をお持ちでしたら、まずは是非お問合せください!
(お問合せ先) 株式会社ブレイン・サプライ 和田京子 または 担当コンサルタント
tel 03-6273-7437


Happy Life Career 加藤 晶子 さん

〜研修会でもお世話になった加藤さん〜

http://akiko-kato.com/


新元号の最初のご出演は、女性にと思いました。それはこの新しい元号は平成の時代以上にさらに女性が引っ張る時代へと思った次第です。今回は今年の3月5日東京で私が企画しました研修会で素晴らしい講演をして頂いた加藤晶子さんにご登場をいただきます。


最初にその3月研修会の参加者の方のお声を以下に。

『代表世話人株式会社 杉浦様

お世話になっております。●●㈱の●●でございます。この度はこのような機会をいただきまして誠にありがとうございます。

”自分らしさ”や”自己肯定感のあげ方”などの全てのテーマが現在の自身にぐさりと刺さるものが多く、大変勉強になりました。

特に”自己肯定感のあげ方”についてはいくつかの項目が当てはまったのでまずは”自分を褒めること”や”できたことだけに目を向ける”ということを取り組んでいきたいと思います。

最後に、お名刺交換させていただいた際にご教示いただいた女性営業だということなんて関係なく挑んでいく!その精神で進みます。

重ねて、御礼申し上げます。』

とこんな風に、役立った、実践します、という感想を寄せいてくださった方々が多数いらっしゃいました。企画して心からよかったと思います。


簡単に略歴をお伝えしますと、
地銀広報→リクルート採用人事→リクルート営業(リーマンショックを跳ね除け表彰対象者へ)→NPO法人で事業開発→今、法人向け人事コンサルティング&研修、個人向けにはキャリア支援、セミナーを展開されているという方です、その場面場面でしっかり成果結果を残し、その間には、結婚、出産、ご主人の海外での起業、お一人での子育てと、猫の手も借りたい!という状況で、ビジネス、家庭仕事、子育てをマルチにこなしながらもいつも涼しい笑顔で過ごしていらっしゃる加藤さん、その過去からのお仕事ぶりや、先日の【自分らしさを活かした営業&マネジメント】の講演内容についてもお伝えできればと思います。


◆最近気付いたご紹介者の間違い〜加藤さんのビジネス略歴を

このコーナーのインタビューをしている際に気付いたのが加藤さんのご紹介者のこと、2年ほど前でしょうか、30名ほどの夜会を開催している際に加藤さんにご参加頂いたのですが、その時、私と一緒にその夜会を企画していた方がてっきり加藤さんと知り合いでその関係でお越しと思っていました。実は、ご紹介者は木村仁哉さんでした。 https://bizmow.com/ (木村さんの事業はこちらです。) 木村さんは、あるセミナーで加藤さんと知り合い、私にご紹介頂いた経緯です。ほんと人のご縁は不思議。木村さんには感謝しております。その後、加藤さんとは、当時NPO法人でのお仕事と個人向けにキャリアカウンセリングをされているところに出会い、法人向けビジネス展開を模索されているところだったと記憶しています。その加藤さんのビジネス遍歴を続けてお伝えしたいと思います。

・報道関係に行きたかった→地元地銀で広報部へ

2002年に大学を卒業した加藤さん。就職活動時は一点突破で報道関係に行きたいと思っていたそうです。しかし時は就職氷河期がまだ続いているところ。採用なしの企業も多かったそうで、他にやりたいことも無く、ご両親に促され地元の銀行を受けてみたところ合格。そこで地元の法人向けに営業職になるのだろうとぼんやり想定していたそうですが、新卒後いきなり経営企画系の広報に配属になったそうです(総合職80名で一人だけ)。お父様が会社経営者で、【社長さんに寄り添う】という金融機関での仕事像から全く違う世界で社会人をスタート。社内の取材、ニュースのキャスター、ビデオ撮影、原稿準備、広報企画と1年生の終わりにはほぼ一人で全て出来るようになっていたそうです。この自分で創造する経験は大きなことですね。ご自身も楽しかったと話されていました。

・人事がやりたい!→入社前に配属先を勝ち取っての転職

広報部で何不自由なく活躍をされていた加藤さん、しかし、ある時に先輩上司をよく見てみると、全員が10年以上同じ部署に。経営企画という部署が如何に会社の中枢であるか?ということ、新卒からその部署の配属となったことの意味を当時は分からず、このまま同じレールの上で仕事をし続けるのか?半径数メートルの職場で頑張り続けるのか?そんな自問自答から転職を考え始めるようになったそうです。ご自分としては広報時代に、取材活動、インタビューを通じて人に関わる仕事→人事の仕事に興味を持ち出したそうです。
3年目を迎えた頃から転職活動に入るも、当時の上司からダメ出しの連続、4年目に本腰を入れて活動に。引き止めの状況からも、安易な転職とならないように、やりたい仕事を実現できる会社へと決めて活動をしていたところ、リクルートキャリアへ。当時、入社後配属先が申し渡される制度の会社ながら、加藤さんはやりたい仕事である【同社の新卒採用人事】に拘り、その仕事に就くことになります。このようにやりたいことを明確に伝えることは大切だと思いますね。

・想定外の転勤、名古屋へ。初めての営業職へ。

採用の仕事でイキイキ頑張っている時、突然前触れもなく、しかも想定外で人事異動を申し渡されます。名古屋勤務、しかも初めての営業。まさに晴天の霹靂、どうしようと迷いも会ったそうですが、気持ちを切り替えて営業で頑張ることに。しかし待ち構えていたのが、転勤後すぐにやってきた2008年のリーマンショック、空前の人手不足で名古屋に意気揚々と赴任したそうですが、いきなり人材募集は全くマーケットが無くなった状況へ。そこから、今までの得意先ではない新規営業に傾注、どうすれば効果的に効率よく法人を開拓できるか?自分らしさをどうすれば活かせるか、お客さんとの向き合い方イキイキ働くにはどうすればよいか?を考え、行動実践し、振り返りを欠かさずにやっていくうちに、社内表彰でMVPを獲得するほどの実績と活躍をされでいかれたそうです。その順調な成果を出している時に、ご主人と出会い結婚、遠距離婚も悩んだ末の退職の道を選んだそうです。その決断力も素敵だと感じました。結婚と同時に主婦業に専念ということは全く無く、以前から考えていた、子供さん向けのキャリアスクール【キッズイノベーション】を立ち上げ、社員・アルバイト雇う立場に。これもすごいお話です、なかなか出来ることではありません。

・NPO法人での事業開発へ

ご出産、子育てのスタート、そしてご主人がミャンマーで起業する。そんな環境下でも社会との関わりを持ち続けることを諦めること無く、無理なく、しかも加藤さん流、無理しないで仕事もしていくスタンス、絶妙のバランス感覚で健康でもあり続けビジネスキャリアも積み重ねて行かれるところは真似できるところではありませんね。キャリアスクールを1年で閉鎖して次にチャレンジしたのが、NPOで活動していた【学童】、自身で立ち上げたスクール事業をもっと大きなフィールドでとエリアマネージャーとして参画したそうですが、そこから3拠点だった学童事業を加藤さんの開拓力で5拠点増加させ、売上規模も1億だったレベルを3倍に。自治体や学校法人との交渉、学童運営の人材の採用、教育、備品の手配、保護者への説明、学童の募集と全てを一人で対応まさに【事業開発責任者】的立ち位置で頑張ったそうです。オールラウンドでのご活躍に驚くばかりです。その後、個人のキャリアカウンセリング、研修等々で独立の模索をされているところに冒頭の私との出会いに繋がります。まさに感謝あるのみです。

◆セミナーでのお話しから

ココ最近は、大手自動車メーカー、電機メーカー、大手不動産デベロッパー他多数の大手企業での研修も増えてこられた時に、私から、『代表世話人㈱の研修会講師を是非!』とお願いさせて頂きました。加藤さんほど、イキイキ、自立、自律、自活しながら活躍されている方だからこそ、転機の多い3月になにか得る人も多いと思って研修をお願いしました。 http://100-dream.jp/archives/5367 こちらで掲載の通り研修会当日は参加者皆さんが名刺交換が中々終わることがなく、一人ひとり質問をブツケていらっしゃいました。
そのセミナーの内容でお伝えしたい部分を以下に。
・加藤さんの自己紹介〜4度の転機(前述の部分)
・自律型の組織運営を行うために必要なこと
・効果的なコミュニケーションとは
・自己肯定感のあげ方はどうすれば?
・Q&Aコーナー
上記をかなり準備して頂き、私とも数度の打ち合わせの上素晴らしい講習を開いて頂きました。
そこから、
・自分らしさを活かす営業
・成果をあげるチームマネジメント
・自律型人材育成の方法
を発信して頂きました。
当日の様子は、加藤さんのご了解を得て私のHPでも公開しています。そのYouTubeで御覧いただける状況です。当日の講演はこちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=w0_c-ah5jII&feature=youtu.be


◆加藤さんの今後について

加藤さんご自身の会社設立も視野に入ってきているそうです。個人のキャリアカウンセリングの裾野を増やしていきたい、法人研修ももっと関わる企業を増やしていきたい。そう笑顔で話さされます。
チームやスタッフ化、仲間を増やすこと、加えてコンサル領域も持っていく、ご自身自体が新元号、新時代にふさわしい働き方を実践されている加藤さん、益々楽しみな存在です。私もお役に立てるようご一緒したいと思っています。


代表世話人株式会社 杉浦 佳浩
(http://100-dream.jp/)
1月1日付にてHPリニューアルしています。↑↑↑
是非ご覧ください!!


当社に入社してから、岡、顧問先様の影響もあり、神社に参拝させて頂く機会が増えて参りました。顧問先様と休日に福岡の神社を一緒に参拝させて頂くこともあり、ご縁に感謝です。



神社は参拝させて頂くだけで気が落ち着きます。代表の岡も最近、顧問先様にお伝えしていますが、参拝回数と幸福度には関係(写真➀)があるそうです。(26万部発行されている『成功している人は、なぜ神社に行くのか?』(著者:八木龍平)を参照。)

しまモンが九州で参拝させて頂いた、「気が半端ないって!」と思う神社をご紹介させて頂きます。皆様が九州に来られた際は、是非参拝して頂きたいパワースポットの神社です。(『』はウィキベディア参照)

1.香椎宮(写真②)



福岡滞在中は福岡市東区香椎の社宅にいますが、一番近いのが香椎宮になります。
1番よく熟睡できるのが、何故か自宅ではなく香椎社宅です。岡に聞くと『香椎は香椎宮があるので、気がよいのだ』とのこと、納得です。
『仲哀天皇・神功皇后の神霊を祀り「香椎廟(かしいびょう)」や「樫日廟」などと称された。「廟」の名を持つ施設として最古の例であったが、平安時代中頃からは神社化し、類例のない特殊な変遷を辿った。上記のように天皇・皇后の神霊を祀るという性格から、戦前の近代社格制度においては最高位の官幣大社に位置づけられ、現在も勅祭社として10年に一度天皇からの勅使の参向を受ける神社である。 境内の社殿のうち、特に本殿は江戸時代後期の再建時のもので、「香椎造(かしいづくり)」と称される独特の構造であり国の重要文化財に指定されている。祭事としては、10年に一度勅祭が斎行されるほか、現在も仲哀天皇・神功皇后の命日に神事が行われている。』

2.筥崎宮(写真③・④)





福岡市の都市高速を乗っていると箱崎から写真③の鳥居が見えて、通る度に気になっていました。参拝させて頂くと写真⑤敵国降伏の意味を知り、ソフトバンクホークスが毎年、勝利祈願(写真④)で参拝している意味がわかりました。3連覇間違いなしですね!?

敵国降伏は、会社経営・労務トラブルにも通じることだと感じました。経営者様もブラック社員には、説き伏せるのではなく、徳の力ももって導いてあげることが大事だと痛感しました。そうすれば、自然と降伏するか去っていくかと思います。

敵国降伏の意味

『武力によって敵を降伏させる(覇道)のではなく徳の力をもって導き、相手が自ら靡き降伏する(王道)という、我が国のあり方を説いています』

3.宗像大社(写真⑤)



福岡県宗像市の宗像大社は、ご縁があり、3回参拝させて頂いています。

『宗像大社(むなかたたいしゃ)は、福岡県宗像市にある神社。式内社(名神大社)で、旧社格は官幣大社で現在は別表神社。日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社、および宗像三女神を祀る神社の総本社である。また、あらゆる道の神としての最高神、貴(むち)の称号を伊勢神宮(おおひるめのむち)、出雲大社(おおなむち)に並び持ち、道主貴(みちぬしのむち)と称す。神宝として古代祭祀の国宝を多数有し、裏伊勢とも称される。

2017年(平成29年)、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産の一つとして、世界文化遺産に登録された。

写真⑤の高宮祭場は、宗像三女神の降臨地と伝えられています。

沖ノ島と並び我が国の祈りの原形を今に伝える全国でも数少ない古代祭場です。』

4.宮地嶽神社(写真⑥・⑦)





嵐のメンバー5人が出演するCMロケ地として話題となった、福岡県・宮地嶽神社です。
福岡の顧問先様からもオススメされた神社です。
『参道の延長線上に夕日の沈む期間が、年に二期(2月下旬および10月下旬)あり、この夕日と参道が一直線に並ぶ光景は、「光の道(写真⑥)」と称されるようになった。宮地嶽神社の創建は社伝では約1600年前にさかのぼるとされ、息長足比売命(神功皇后)が、宮地岳の頂に祭壇を設け祈願して船出したのが始まりといわれる。』

5.幣立神社(写真⑧・⑨)





熊本県にある幣立神社は、1万5000年も前に宇宙からこの地に降臨された神を祀るという、とても古い由緒を持つ神社です。
今から1万5000年前のこと、神武天皇の孫に健磐龍命がいました。その後、応神天皇の時代になって、「高天原の乱」が起こりました。健磐龍命は、その乱に関わったために自ら身を隠しました。

そのためこの幣立神社のある地は、「隠れ宮」となったというのです。

『社伝によれば、神武天皇の孫である健磐龍命が、阿蘇に下向した際この地で休憩し、眺めがとても良い場所であると、幣帛を立て天神地祇を祀ったという

その後、延喜年間(901年 - 923年)、阿蘇大宮司友成が神殿を造営し伊勢両宮を祀り幣立社と号した。天養元年(1144年)には、阿蘇大宮司友孝が阿蘇十二神を合祀し大野郷の総鎮守とした。本殿の右手には「伊勢の内宮」があります。伊勢神宮に祀られているのは、天照大神で天照大神と言えば日の神。幣立神宮には「日の宮」の名前もあります。「日の宮」とは「天照大神が住む宮殿」の意味。幣立神社には「天照大神」の御霊がいらっしゃると言われています。』

6.霧島神宮(写真⑩・⑪)





行きつけの居酒屋(魚キッチtumugi)の店長からオススメされた鹿児島霧島市にある霧島神宮です。神木の杉(写真⑩)は樹齢約800年と推定され、南九州の杉の祖先ともいわれています。鹿児島の血(祖父が奄美大島出身)があるのか、1番気が落ち着く神社です。

『欽明天皇の時代(6世紀)、慶胤(けいいん)なる僧侶に命じて高千穂峰と火常峰(御鉢)の間に社殿が造られたのが始まりとされる。 しかし、火山の麓にあるという立地のためたびたび炎上する。天暦年間には性空により瀬多尾越(現在の高千穂河原・古宮址)に遷されるが、ここもたびたび噴火の巻き添えで炎上する。文明16年(1484年)、島津忠昌の命により兼慶が再建したのが、現在の霧島神宮である。但、建物はその後も幾度も炎上し、現在の社殿は正徳5年(1715年)、島津吉貴の奉納により再建した物である。 また、坂本龍馬が日本最初といわれる新婚旅行(写真⑪)で霧島連峰を訪れたことが知られるが、その頃にはすでに山頂には天津日高彦火瓊瓊杵尊が突き刺したという天の逆鉾があった。』

7.霧島東神社(写真⑫)



退行催眠(前世療法)の陣野先生にオススメされた宮崎県にある霧島東神社です。

霧島東神社は、日本創生が始まった霧島連山の中にある神秘的な場所です。

『霧島東神社は、霧島山を信仰の対象とする山岳信仰の神社としての第10代崇神天皇(前97-前30)の御代に創建されたと伝えられています。天暦年間(947-957)には、天台宗の僧の性空上人んが4年間霧島山に入峰修行、高千穂峰の周囲6ヶ所に鎮座する其々の神社の傍に寺院(別当寺)を建立。霧島山を中心とした霧島六社権現(霧島東神社・霧島神宮・狭野神社・東霧島神社・霧島岑神社・夷守神社)の一社として神仏習合の霧島修験の霊場として開山され、霧島修験道の根本道場として信仰されました。』



秋田中央印刷株式会社

URL:http://www.a-c-p.jp/


大野社長、お忙しいなか貴重なお時間を賜りありがとうございました。今回は、大野社長が常日頃大切にされている秋田中央印刷株式会社の理念とルーツについてお伺い致しました。

◆ はじめに、御社の事業内容を教えてください。


弊社は、昭和22年(1947年)10月に秋田市で私の叔父が創業しました。その当時は、秋田には地元の大きな新聞社があり、私の叔父も対抗意識で新聞を発行するために印刷会社を起こしたのがはじまりでした。その後、私の父が会社を継ぎ、3代目として私が就任しました。
事業内容としては、創業当時は新聞発行を中心とし、官公庁や外郭団体からの定期刊行物の印刷を受託してきました。
私が社長に就任してからは、印刷のカラー化に対応すべく、設備投資を重点的に進めてきました。また、会社を継ぐまでは東京でデザイナーをしていた経験がありましたので、ただ受注生産をする形態だけでなく、デザインの提案を取り入れて、発行物の企画・提案から印刷までをワンストップで行う、デザインと印刷の融合に注力してきました。動物園や水族館のカレンダーを毎年発行していますが、それも弊社からの企画提案からスタートして、5年以上ご依頼賜り、弊社にてHP販売も手掛けています。

◆企業理念に込める思いは何でしょうか。

ネットにせよ紙にせよ、『媒体』には発行者とそれを見る読者をつなげる役割があります。発行者の思いを媒体を通じて読者に届けることで、対面でなくとも「様々なコミュニケーション」を構築することができます。
そのコミュニケーションにおいて、読み手に好印象を与え惹きつけられるか、購買意欲を駆り立てられるかは、デザインにかかっています。綺麗に印刷できるのは当然品質であり、そこに独創的な企画性やデザインなどのクリエイティブさを足すことで、発行者と読者の「様々なコミュニケーションをクリエイトする」という思いを込めています。

◆ なぜデザイナーから転身して印刷業界へ挑戦しようと思い至ったのでしょうか。

はじめは、そこまで深くは考えていなかったです(笑い)。以前は東京でデザインの仕事をしていましたが、先代から「帰ってこないか」と言われて、「印刷もやってみたい」という思いが芽生えました。
家業を継いだ形ではありましたが、気持ちとしては、自分の代から新しく会社を作っていく、一から起業するつもりで臨んでいます。もちろん、今までのお客様やお取引先様がいましたので、まっさらなところから新規に開拓した訳ではないので、とても恵まれた環境ではありましたが、だからこそ、そこに甘えずに自分で起業する意気込みを大切にしています。

◆ 大野社長が日頃大切にしていることは何でしょうか。


『一意専心』を心掛けています。あちこちに気移りさせず、1つの軸を守る。 これから新しい事業やサービスを展開して、会社の発展のために挑み続けることは重要ですが、これまでずっと続けてきた『印刷』から大きく外れて全く新しい事業を起こすことは考えていません。 創業72年の間に蓄積されたノウハウや顧客、関係先とのつながりを活かして、『印刷』から派生させた新しいサービスを提供することが、会社の発展においては確実だと思います。

◆ 御社の今後のビジョンをお聞かせください。

スマホやネットの普及で広告媒体も紙からデジタルに移行していますが、印刷がなくなることはありません。これまで印刷をご依頼頂いている既存のお客様のご要望に応えた上で、デジタル対応を進めて新しいサービスを提供したいと思います。また、テレビやネット、紙など様々な媒体がありますが、媒体を通じてお客様に商品の魅力や惹きつける見せ方で情報を伝えてこそ意味があり、その企画・提案をもできる広告代理業の機能を自社に取り込んでいくことも面白いと思います。
地方の印刷業界の課題として、分業化が不足していると思います。ワンストップサービスを『自社完結』で 行おうとすると、働き手が不足している地方において、技術の ある人を採用・教育しないといけない、大きな設備投資もしないといけません。理想としては、同業者間で協力する体制を 整え、自社で全部行うのではなく、自社の強い分野に注力して、その他は協力会社と分業する。例えば、HP製作では、企画・提案、デザインまでのソフト面を自社で行い、プログラミングなどのハード面を協力会社に依頼し、自社を窓口にした 『ワンストップサービス』の提供に力を入れていきたいと思います。




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