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平成31年2月号

query_builder 2019/02/10
サプライ通信

岡社長の今月のアドバイス
●『過去10年の振り返りとこれからの10年に
向かって!』
●『大人の遠足参加!』
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今月のご縁むすび
『株式会社エルネストリンク 谷岡 遼さん 〜理念追求を本気で取組むことの大切さ 年齢は関係ない〜』
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不正駐輪のないまちづくりを
~アイキューソフィア株式会社様より~
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関西事務所便り
『<気づき>の奇跡』
労務の寺子屋
『働き方改革 労働時間の適正な把握とは?』
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BS社長名鑑 ~社長、出番です!~
『美浪左官工業株式会社 代表取締役 美浪 利光氏』
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新入社員 自己紹介
『堀田 幸男』
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ブレイン・サプライ ニュース
『バンコク通信 ~なぜか食べたくなる日本食 お好み焼き~』
『新入社員ビジネスマナー研修』



過去10年の振り返りとこれからの10年に向かって!

皆さん、明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。 このコラムが皆さんのもとに配信される頃には、正月モードも抜け、年度末に向かってフル稼働モードに入っておられることと思います。

この年末年始は、当社設立以来最長の11日間の休暇をフルに使い、前半は関西方面に帰省、両親を城崎温泉に連れていき、蟹三昧、後半は東京の自宅を中心にゆっくりとした時間を過ごし、久しぶりに脳をニュートラルにして今後のあるべき姿や、未来予測などについて考えることが出来ました。

私は昭和61年に社会人になり、住友海上火災保険(現三井住友海上火災保険:MSI社)に入社後22年間、今振り返っても、よくやったなと自分で自分を褒めてあげたい(by有森裕子)くらい一生懸命働いてきたなと思います。退職を決めたときに、MSI社への感謝と共に、<これっぽっちの後悔>もなかったこと、やり切った感を感じたことに誇りに感じることができたことを、昨日のことのように思い出しました。その後1年強の名古屋でのオーナー系のコンサル会社の社長の経験を経て、自分のやるべきことが明確になりました。

そして10年前の2009年5月26日(長男の誕生日)に、現在の株式会社ブレイン・サプライを妻と二人で立ち上げました。その時の約束である<財布は妻に預ける>は現在も継続しており、以降預金通帳は公私ともに見たことがありません。今では有難いことに<私(し)>は妻が、<公(こう)>については経理担当部門がしっかりと管理してくれています。

開業当初はゼロからのスタートで、3人の子供が私立に通っており、資本金も手持ち現金はかき集めた180万円のみ、単身赴任時に使っていた家具やPC、家電製品などをかき集めても評価額は水増しを含めて60万円、合計240万円の中途半端な資本金でスタートとなりました(現在は両法人で1500万円+α(新規事業予定)です)。スタートの6月の売り上げは渋谷の企業との契約で月払い5万円のみ、社員はそのような現状を正直に話したうえでついてきてくれた女性の社労士が1名と、名古屋から私を慕ってついてきてくれた社労士1名(ともに30代半ば)でした。給与の支払いと、社会保険の支払いは待ったなしです。設立後7か月間は役員報酬は定めたものの、受け取ることはできず、今でも悔いとして残っているのが、その年の賞与を払えなかったことです(後に多めに支払い、帳尻は合わせましたが)。

45歳の開業当初に掲げた目標は、最初の10年は事業の基盤を作るために、弱音を吐かず<死に物狂いで働く>ことでした。55歳時となる(現在ここ)。次の10年は人材の育成を背景に世に打って出る を掲げ、<世のため人のために働く>10年と定めました。そして65歳時となる10年後以降は、<自分と家族のために働く>でした。因みに100歳まで(現時点では尊敬する聖路加国際病院名誉院長であった日野原重明先生越えの106歳です。)生き、90歳まで現役を標榜しております。

今第1目標の<死に物狂いで働く> は何とか果たせたように思いますが、さて今後の10年の<世のため人のために働く>が実践できるか。非常に興味があります。

従来型とはエンジンを入れ替えなければなりません。人と同じことをしていては面白くないことから、お金儲けにフォーカスするのではなく、人と違うことをやりたい、目の前の人(社員とお客様)に喜んでもらいたい、元気になってもらいたいという思いでこの10年間仕事をやってきました。会社の方向性は経営計画書の中で明確にしているつもりでしたが、人によっては分かり難いもののようで、なかなか社員に考えが定着しないことも分かってきました。より複雑に、よりマニアックになってくると、徐々に当初の目標とかけ離れてくることも分かってきました。私が好きな言葉である<利他>の実践を如何に分かり易くお伝えするかと考えて、たどり着いた表現方法が下記の言葉です。

人間というものは24時間のうち起きている間の95%は自分のことを考える生き物である

です。今でも一般論としては正しいと考えています。その95%をいきなり50%にして、残りの50%を自分以外の周囲の人に向けてくださいといっても、殆どの人は戸惑うばかりでしょう。ところが、95%を90%にする努力であれば如何でしょうか。たった5%ならできそうになりませんか。その程度で良いのです。自分から見た場合たった5%の努力であっても、自分以外の周囲から見れば、今まで5%だったものが倍の10%になる訳ですから、「あの人は劇的に変わった!」になります。分かり易く、多くの人に「他人に対する配慮」の重要性を伝える際に使うフレーズです。人は想定外の事象に直面すると感動します。感動は人を動かします。また感動は、当事者双方の心の満足度も満たし、魂の成長につながってくるようです。ということで今年は当社の経営理念や指針を社員と共有するためにちょっとした一手間を工夫していこうと思います。

「シンプル・イズ・ビューティフル」という言葉がありますが、成功者の研究をしていて判明したことは、成功の秘訣は<分かり易さ><シンプルである>ことのようです。

研究者にとって複雑なものは興味の対象となり得ます。より深く掘り下げれば掘り下げるほど真理に近づき、欲求が満たされるように思います。しかしながら世の中の大多数には受け入れられるかどうかは未知数です。

これからの10年は、<世のため人のために働く>を個人的に掲げております。そのためのキーワードは<分かり易さ><シンプルである>こと。

私の近未来の予測は結構当たることが多い(80%超)のですが、このことを念頭にこれからの10年間走り抜けたいと思います。ご期待ください!

大人の遠足参加!


写真① カリスマ添乗員
日本旅行 平田進也さん
https://bit.ly/2RZcfQt



写真②



写真③


平田さんは関西では超有名人で、たまに全国区でテレビ番組にも登場される旅行業界では知らない人はいない、なにわのカリスマ添乗員です。

AMは近江日野商人館を訪問し、日野商人の歴史を学び(実は2年前に受講済)、改めて商売をする側の心構えについて、時代は関係なく、その重要性を学びました。 そのポイントは、

① 近江商人(日野商人)とは、実態は農民である。
② 江戸時代の前半は経済の中心は米、残り半分は換金作物であった。
③ 一般的な近江商人とは、日野商人、八幡商人、高島商人、五個荘商人をいい、古い商人(江戸期前半)は日野商人と八幡商人である。日野商人はお椀を、八幡商人は茅(かや)を扱った。
④ 近江商人の陰には優秀な問屋(の従業員)が存在した。
⑤ 原料は鳥取中国山地の山人が木を切り出した。山口、瀬戸内海、伊勢の海に向かい鈴鹿の山を抜けて日野の街に運ばれた。安物のお椀から、庶民が(漆器を)使うようになった。
⑥ 江戸は建築ラッシュであったが敢えてそこではなく、関東周辺の田舎に売りに行った。お椀は一生物、お椀が売れたら、周辺商品を買い受け販売した。
⑦ 現金は農村にはないため、掛け売り商売が発明された(忙しい時を「書き入れ時」というのは、実は掛け売りの帳簿に書き入れる作業が大変であることから言われるようになった)。
⑧ 各地で付け商売をしたため、貨幣経済が普及、農民が没落するため各地で締め出しを食らった。
⑨ 300年以上前、薬の製造(万病かんのう丸)で田舎へ田舎へと進出。
⑩ お椀販売の対価として得た米で酒、その他の農作物で醤油、味噌を作った。
⑪ 酒蔵の99%は北関東で展開、小規模店舗が大多数。日野千両店(蔵)を作り、製造販売を行った。日野商人以外の他の近江商人は仕入れだけを行ったが、日野商人は質屋、金貸しを行った。田舎では人口が増えないので店を拡大できないため、「三里四方釜飯食らうところに店を出せ」のスローガンのもと、今のコンビニ店、チェーンストアの原型を作った。
⑫ 危機管理が徹底しており、1人で起業しないよう細かくルールを確立した。
⑬ 江戸期は酒ができないことも頻発。「棒を振る」の由来は、天秤棒を担いで一から行商することを指す=倒産が頻発。江戸時代は無限責任のためリスク分散が必要であった。
八幡商人はデパート経営、日野商人はコンビニ経営。
⑭ 九州と東北に店舗を出し、例えば紅花を買い込んで蔵に保管、手紙で情報交換し相場が上がったら船で大量に輸送し儲ける。
⑮ 会計処理12店舗の会計が複式簿記(従来は鴻池家のみと言われていた)
三方よし*売り手よし・買い手よし・世間よし慎み十ヶ条(写真④)


写真④


(慎み十ヶ条)
一、まず、謙虚な人間となれ
一、社会奉仕の実践を
一、「お蔭様で」の心を持て
一、とにかく誠実であれ
一、品質は店の命である
一、悪徳業者になるな。薄利多売の精神を
一、商品はお客様へ贈る真心である
一、慢心するな。原点を大切に
一、とにかく堅実な商いをせよ
一、もめ事を起こす商いをするな
一、一攫千金をねらうな

⑰ 広告 「諸国商人衆定宿」の横に「江州 日野・八幡・商人定宿」ミシュランのような格付 「日野商人休泊所」の看板 横の繋がりを大切にした。 日野大当番仲間
同業者のように利益権益守護団体とは一線を画したもの
⑱ 商業道徳を普及させていた。石田梅岩の「心学」を義務付け
近江日野商人達の商人道「仁・義・礼・智・信」
「仁・義・礼・智・信」は儒教でいう五常の徳(人間が守らなければいけない5つのルール)で、これを信条とし日々精進したのが近江日野商人です。
「仁」 人を思いやる心。憐れむ心。
「義」 世のためになる人としての心。不善を恥じ憎む心。
「礼」 礼儀をつくし謙虚で感謝を持つ心。
「智」 正邪を正しく判断し、善悪を論じる心。
「信」 嘘をつかず正直な心。
⑲ 日野商人は年貢を払わねばならない農民出身 天領(幕府直轄地:城下町)であったため代官が支配者 左遷組でやる気がない。ここに近江商人が埋めることができる余地があった。
上記の話を聞いていて、改めて商売における法則性について感じるものがありました。
三方よしや慎み十か条、仁義礼智信は現代でも通じる真理であり、近江日野商人の残した仕組みが、形を変え、日本のいたる所に残されていることは驚きです。

面白かったのは、バスに戻って「カリスマ添乗員平田進也」さんのお話を聞いていると、嘘はいけないと仰っていた日野商人館の館長さんの頭が、一目瞭然のか〇らであり、黒い汗をかいていたことを思いっきりイジッテいました。「あんたが嘘やがな・・・」。参加者32名全員が気づいていましたので、大爆笑でした。私も爆笑した口でしたが、1時間以上一生懸命にご説明いただいた館長さんの人柄にひかれたこともあり、後でそっとあの方は日野商人の足跡を研究する学者さんなので、商売人としての日野商人を実践しているわけではないのではないでしょうか とお伝えすると、平田さんは成程と大いに合点していらっしゃいました。

この平田進也さんは小学生の頃は無口で控えめな少年であったそうで、中学時代にあることがきっかけで笑いの世界に目覚め、大学時代には関西で有名なTV番組「ラブアタック(注1)」(上岡龍太郎、和田アキ子、横山ノック司会)に27回も出場し、いつも振られるみじめアタッカーとして視聴者の人気者であった人です。その時に知り合った作家の百田尚樹(「永遠のゼロ」、「海賊と呼ばれた男」の著者)とは親しい友人であり、ミヤネ屋の宮根誠司氏も友人だそうです。

(注1)ラブアタックに出場した著名人

この番組には、半ば常連で出場する「みじめアタッカー」も少なからずいて、その中には後の放送作家・小説家百田尚樹報道番組『ニュースステーション』のコメンテーターを務めた菅沼栄一郎(ニュースステーション出演時は朝日新聞編集委員)などがいる。また、関西テレビアナウンサー毛利八郎、CBCテレビアナウンサーの塩見啓一、元日本テレビアナウンサー小倉淳、なにわのカリスマ添乗員平田進也、タレントの清水圭松本竜助トミーズ雅、大川興業総裁の大川豊なども出場したことがある。 かぐや姫として出演した女性からは、多くの女優が生まれている。(ウィキペディア)

その平田氏は8:30~17:00まで8時間以上喋りづめで、最後まで我々参加者を笑わせ続けてくれました。年末に放送された八代亜紀とダウンタウン浜田と同行の日帰りツアー番組の視聴もあり、お笑いトークに圧倒されました。

その後京都市内の「西陣魚新」で芸舞妓さん(写真⑤~⑩)と楽しい昼食。お酒は飲み放題払い放題(実費)でしたが、初めての経験の方が多く、緊張の雰囲気が、最後は和やかな笑いに包まれました。圧巻は平田さんがバスの中で芸者が一人体調が悪いなどと前振りをしていたのですが、何と急遽代役で冷奴(ひややっこ:平田さん:写真⑥⑩)が務めさせていただきますと変装して登場いただきました。参加者を楽しませたいとの強い思いが、ここまでやるのかと参加者が感動するくらいの演出でした。プロフェッショナルの気概を目の当たりにして、ただただ驚きでした。


写真⑤



写真⑥



写真⑦



写真⑧



写真⑨



写真⑩


その後国の登録有形文化財に指定されている「紫明会館」で平田進也さんの講演会に参加。
とにかく面白い話題のオンパレードで、あっという間の1:40でした。 要約すると、

① 金、時間、健康をもっている団塊の世代
② 年寄りは孤独。葬儀屋の利益は7割あることを考えないかん。ここにビジネスチャンスがある
③ 上から目線は絶対に避けること。これをやった途端人は離れる
④ 事前期待と事後満足を考えろ、旅行はサプライズや
⑤ 売るためには売らない。ギブアンドギブン(当社の経営ビジョンと同じでした)
⑥ 断ってくれる人が恩人
⑦ クレーム対応 トラブルをトラベルにする。怒る瞬間を察知 食事前が危険 砂漠で迷う犬状態
⑧ 言われる前に行動はサービス、言われてからするのは作業
⑨ 人を喜ばせる 笑わせる お客様が納得するサービスを必死で考えた

EX)❶ペットサービスはニッチ 「ペットといく愛犬ふれあいまくりツアー」 (大ヒット)イルカショーとシャッターチャンス、伊賀上野で忍者犬 お城と一緒に撮影発想の転換が大切
❷「仇討ちツアー 四時間の家出」 積年の恨みツアー 新地の高級ツアー3件巡り代金18000円、<高級ラウンジ+高級ディナー+ニューハーフショー>夕方は安くで きることを利用 水割り2杯五千円、高級レストランディナー17:00〜19:00、ニューハーフショー21時で解散 参加女性の感想「男どもはこんなところで飲んでいるのか!」 ところがその後は家庭円満→泥を吐いた鯉は美味い だそうです。
❸韓国ソウルツアー飛行機、バスをチャーターして2000名を引率 当時大人気の「冬のソナタ」をもじって「夏のどなた」(大人気)、調子に乗って「秋のあんた」(参加15名の大こけ)

⑩ 相手に聞くことが大切 こちらで勝手に判断しない お客様目線が大切
⑪ 自分自身の人生を決めるのは自分
⑫ ライバルのJTBの優秀営業マンの表彰式で講師
⑬ 人を喜ばした後のお金はOK ところが現代は、お金が優先している人が多い
⑭ お客様はミツバチ 好きな花に行く 一回離れていったお客様でも受け入れてあげる
「あなたの戻ってくる場所はここでしたね」 そこからは離れない

<プロがプロである所以> 今回の大人の遠足は近年にない実りあるものでした。参加費用は交通費を除いて5万円。全く安い参加費でした。それほどに得るものが大きかったと同時に、今までやってきたことが間違っていなかったとの確信を得ることが出来ました。自分の信念を迷いなく行動に移している平田進也さんの生きざまは感動モノでした。また商売の原点を、今なお多くの企業のビジネスに遺している近江商人の遺訓は、我々昭和生まれの人間に対して、「このままでいいのか」と問われているように感じました。

福島大学経営学部教授の飯田史彦さんの著書にあった言葉で心に残っている言葉は、

あの世で問われることはたった3つだけ
よく愛してきたか
よく学んできたか
よく使命を果たしてきたか

だそうです。これからの人生、この3つを意識しながら、精一杯生きていこうと思いました。



株式会社エルネストリンク 谷岡 遼さん

~理念追求を本気で取組むことの大切さ 年齢は関係ない~

http://ernestolink.com/

コスト削減系のビジネスモデルについては、サラリーマン時代にこれでもか!というほど出会い、実際に告知、活用してきました。それも本業であった保険ビジネスに繋がれば、保険代理店さんの為になればと思って接点を持っていました。ただ、どうしても【コスト削減】につきまとう、経営者個人の利得に走る、従業員を大切にしない、等々の【利己の追求(コスト削減業界のみならず、そこを活用する顧客側の企業家も同様の匂い、感覚を持っていました)】の場面もたくさん目の当たりにしてきたこともあり、私自身起業後はよほどのことがない限り削減話には耳を傾けないようにしてきました。


そんな中、自身もキチンと自律、想いを確立し、理念追求を怠らないで、狩猟型の営業スタイルも取らず、顧客からの紹介や士業からの紹介、金融機関からの紹介のみでお客さんの輪を広げているのが本日の谷岡さんです。単純なコスト削減を提案しているのではなく、そこには、削減のための削減ではなく、本業に活きる、活かせるための削減を提案しているとういことが大きな違いだと感じています。その想いについて今回はお伝えできればと思います。

◆想いの一つ 会社名の由来について

まずは会社に込めたこと、なかなか耳慣れない会社名だと出会いの時から感じていましたが、御本人に今回教えていただいました。
谷岡さんは大学生の頃、スペイン語を専攻しており、中南米の歴史を学んでおられていました。その中でチェ・ゲバラという革命家の生き方に感銘をうけたとのことでした。エルネストとはチェ・ゲバラの正式な名前から取ったとのこと→知りませんでした。

谷岡さんの想いは続きます。
→日本ではあまり馴染みがありませんが、世界では最も有名な革命家の一人で、ジョン・レノンが世界で最も格好良い男と評したことで有名です。チェ・ゲバラはキューバのイメージが強いですが、アルゼンチン人で裕福な家庭で育ち、喘息持ちであまり身体が強くない中、若い時に南米を周り人々の苦しい生活を目の当たりにし、このままではいけないとカストロ議長とキューバ革命を起こします。革命を成功させた後、当時は革命を成功させても新たな独裁者に代わるだけになる事が続く中、他に自分の力が必要な人々がいると、信念を貫きキューバをカストロ議長に任せ、ボリビアに赴きそこで戦死します。手法はもちろん違いますが、人の為に障害や環境を物ともせず文字通り命をかけた生き様を、会社としてもしていきたいという想いからチェ・ゲバラの苗字と繋がる意味のリンクをとってエルネストリンクという名前にした、と仰っています。崇高な想い、しかも大学卒業と同時にこの会社を立ち上げていらっしゃいます。現在31歳の革命家ですね。(戦死しない程度に頑張って欲しいと思います。。。)

◆私自身も気付けば、谷岡さんにお願いをしていました。


私が独立起業する際の、通信関係(Wi-Fi、iPhone、ガラケー)、谷岡さんから営業されたこともなく、自然な流れ、なんの迷いもなく他の業者さんに相談することもなくお願いさせて頂きました。値段の確認等々も無く。。。そこには信用、信頼が既に構築済みであるからこそお任せできる、お願いできる環境となっていたと思います。自分自身もこんな感じですので、いろんな方々を谷岡さんにご紹介させていただいても一度もクレームとなったことはありません。その顧客との向き合い方が無理のないことだと体感としてお伝えできます。

谷岡さんの会社で取り扱っている削減項目は、□ 複合機 □ 固定電話 □ 電気代 □ 携帯電話 □ インターネット □ ETC □ 車両費 □ 郵送費 □ 家賃 □ 広告費 □ 交通費 □ 機械警備 □ 損害保険 □ ごみ処理費 とこんなところ。ココ最近は、人材採用コスト、医療ガス、医療機器点検、と業界にも領域にも広く展開しようとされており、今年からは本格的に人材不足へのお役立ちのために、経理・総務のアウトソース、RPA等々、斬新かつ最新のツールやリソースを投入して、目指す姿である企業成長、本業に活きるための削減を展開していこうとされています。楽しみですね。

お客様との普段の接し方も知りたいと思い、お客様の声を聞いてみましたら、

・年間削減額が1000万円ほどになり、利益率に換算すると1億以上の売り上げになると喜んでいただき、そのお客様から次々にご紹介いただけております。何か買われる際や事業の仕組みを変えられる際等にも常にご相談いただけるようになりました。

・削減させていただいたお客様が出されている、顧客数千社に送られているDMに紹介文を乗せていただきました。

・ご紹介いただいた方からお客様が喜ばれ、新しい取引に繋がったと言う声もやっと増えてきました。

と皆さん喜ばれ、その次、その輪がどんどん広がる感じ、まさにご縁が繋がり続けることが谷岡さんの誠実さ、姿勢に現れていると思いますね。

◆子供の頃の谷岡さんについて

年齢に関係なしと思いつつ、この誠実さはどこから?と思い、子供の頃のエピソード、どんな子供時代、学生時代だったか?お聞きしました。

すると、「結構内気で、生き物を飼うことが好きでした。難聴の事で虐められた時期もあり、悩んでいた今の基盤となっている時期です。中学校の途中ぐらいから悩まなくなり、活発になりました。」とのことで、辛い場面もあったんですね。
また、学生の頃については、「高校生の時は友達と遊び呆けてましたが、ボクシングだけはずっと続けていました。両親が教員で、祖父と叔父が経営者で可愛がってもらっていたこともあり、教員になるか起業するか悩んでいました。友達ともよくこんな会社を始めようとかの話をしていました。大学生の時には、色々なところに一人旅に行ったり、留学に行ったり、様々な方々とのご縁の中で成長できた時期でした。この時期に出会った色々な地方の方々とは今でも良くお会いする方が多いです。また、スキーのインストラクターも冬になると必ず行っており、スキー合宿にくる、小・中学生を教えています。今でも行っていて、その時だけはもう一つの夢だった教師として動けています(笑)。浪人を合わせると6年間も大学時代を過ごしており、最後の2年の時に周りの友人は就職していく中で、コンプレックスを抱き本を読み漁っていました。そんな中、営業ができればなんでもできる!と思い、300名ほどの会社で携帯の営業のバイトを始めました。これが今の仕事に繋がっています。」
→早い段階で、自立心があったと感じます。大学を卒業と同時に個人事業主として携帯の事業を始めていらっしゃったので、大学3.4年の時の営業時代が社会人スタートという感じですね。

◆社会貢献にも意識高く、でも声高に言わないのも谷岡さん流

オフィスに飾ってある額、そこには【感謝状】とあります。『貴殿は長期入院の子どもたちへの学習支援に対して温かい愛情と理解を示され、多大な貢献と寄付を寄せられました 心から深く感謝の意を表します』と書かれていました。「https://aidnet.jp/cayou/」これは、こちらの病院内で勉強したい子どもたちを支援する団体から谷岡さんに贈られたもの。谷岡さんは、病院内で学習できるようにWi-Fiを提供されているそうです。これも自分で出来ることをまず実践する姿勢ですね。

また昨年は、カンボジアに赴き、5日間井戸を掘るというボランティアに参加されたそうです。そこで14基の井戸を掘ったそうです。現地の人々とのふれあいから、日本の良さを発信、日本に憧れを持って、来日する人が増えればと思ってボランティアに精を出しているそうです。


AI、ロボットが益々社会インフラに行き渡れば、人間の真心が大切になっていくと谷岡さんは確信しているそうです、まさに自分自身にマッチしていると来るべき時代を楽しみにされています。私もこの感性を大事に、谷岡さんとご一緒したいと思っております!


代表世話人株式会社 杉浦 佳浩
(http://100-dream.jp/)
1月1日付にてHPリニューアルしています。↑↑↑
是非ご覧ください!!


1不正駐輪のない、まちづくりを目指して

アイキューソフィア株式会社(東京都新宿区 代表取締役社長:中野里美)は、2017年に日本初となる駐輪場シェアサービス「みんちゅうSHARE-LIN」のサービスをスタートさせ、不正駐輪の問題と駐輪場不足の問題解決を図っています。

2017年5月に自転車活用推進法が施行され、国家を挙げて自転車の利活用に取り組む中、不正駐輪がなくならないという問題があります。不正駐輪が発生する主な要因の一つとして、駐輪場不足が挙げられます。駐輪場を増やしたくても、従来の機械を設置する方法では、駐輪場を開設するためには広い土地や莫大な費用を要します。「みんちゅうSHARE-LIN」は自転車1台分のスペースからコストをかけることなく駐輪場の開設が可能となり、「予約専用有料駐輪場」と表記することで、不正駐輪を抑止することができるため、駐輪場を増やし、不正駐輪のないまちの実現に向け、一人一人の方に協力を頂きながら拡大をしております。

2「みんちゅうSHARE-LIN」とは

「みんちゅうSHARE-LIN」は、インターネット・スマートフォンアプリを通して、わずかな時間から空いている土地・スペースを誰でも貸し出すことができ、誰でも借りることのできる駐輪場・駐車場のシェアサービスです。

駐輪場オーナーは住所、注意事項、写真、貸出日、料金を設定するだけで貸し出しをすることができます。駐輪場の利用者は電話番号、自転車防犯登録番号、自転車写真、利用したい日付を入力し、みんちゅうSHARE-LINサービス内で決済することで、場所を借りることが可能となります。


3「みんちゅうSHARE-LIN」によるまちづくり

駐輪場を利用する人達は周辺に住んでいる又は通っているケースがほとんどです。
「みんちゅうSHARE-LIN」で店舗の前を駐輪場として提供した場合には店舗の認知拡大につながります。また「みんちゅうSHARE-LIN」ではわずかなスペースから貸し出すことが可能な為、元々収益がなかった場所から収益が生まれ、地域経済活性化に期待できます。そして駐輪場が増加することで不正駐輪が減少します。

駐輪場を提供することで『まちづくり』に一人ひとりが参画できるサービス、それが「みんちゅうSHARE-LIN」です。

4行政、交通インフラとの連携

2018年2月より、神奈川県大和市とそして、12月には台東区とともに協定を締結して、不正駐輪を抑止していく連携を開始いたしました。

また、2018年10月には埼玉県の浦和美園駅で導入を頂き、駅の敷地内におけるデッドスペースが駐輪場になるなど、次世代の交通インフラとして様々な場所で活用頂いております。

<実用例>

民家のデッドスペース


店舗前のスペース


商業施設の駐輪場


工事前の用地


アイキューソフィア株式会社 原 有里奈

(https://www.iqsophia.com/)




昨年の年末年始号にも記載させて頂きましたが、陣野先生のレイキファースト・ディグリー(ファースト・セカンド・サード・ティーチャーまであります)を2018年10月に受講させて頂きました。それから毎日欠かさずに、朝晩にレイキ&瞑想を行うようにしています。
九州地区を担当させて頂いておりますので、運転する時間もドライヴィング・メディテーション(運転瞑想)を心掛けています。
瞑想するようになってから、〈気づき〉が多くなりました。
レイキは、ご縁から誘って頂きましたが、自分が受けたいと思った出来事がありました。元々、人の気を受けやすい体質というのは、前職時代でも感じておりました。前職の店長時代でも、着任1日目でその店の気の悪さで初日から体調を崩したこともありました。
当社に入社してから団体交渉に参加をさせて頂く機会も多いのですが、その際に組合員様の悪い気を受けたことがありました。その方に関しては、義務を果たしていないのに権利と主張ばかりを言う「利己的である」「自己評価が高い」「プライドが高い」のトリプルスリー(岡のいう組織を滅ぼす三悪です)の選手でした。経営者様の事を考えると、怒りの感情を持ってしまい、帰りの運転中に悪い気をもらったと感じました。それから2日ほど体調を崩したので、福岡の社宅傍の行きつけのマッサージ屋にいきました。マッサージは30代からよく行っていますが、初めて手が合う人(シマさん)がいて、以降はシマさんしか指名しなくなりました。シマさんがマッサージ中に「しまモンさん左肩がいつもと違います。何か変な気を貰いましたか」と言われ、驚きましたが、浄化してもらいマッサージ後は熟睡できるようになりました。それから岡が下記を記載しているのを思い出し、平成30年3月号のブレイン・サプライ通信を読み返しました。自分もネガティブエネルギーの対処法を身につけ、「同情」ではなく「慈悲」の心でヒトと接することを意識したいという思いから、陣野先生のレイキを受講しようと思いました。


また、レイキを誘ってくださった顧問先様から下記のティック・ナット・ハン氏の著書もご紹介して頂き、ますます瞑想の大切さを実感しました。
ティック・ナット・ハン(ティック・ニャット・ハイン、Thich Nhat Hanh 釈一行、1926年10月11日- )は、ベトナム出身の禅僧・平和・人権運動家・学者・詩人。
ダライ・ラマ14世と並んで、20世紀から平和活動に従事する代表的な仏教者であり、行動する仏教または社会参画仏教(Engaged Buddhism)の命名者でもある。アメリカとフランスを中心に、仏教及びマインドフルネスの普及活動を行なっている。(ウィキペディアより)

その著書の中で、素敵な文章がありますのでご紹介させて頂きます。
・毎日目をさますと、24のまあたらしい時間が私たちを待っています。何てすばらしい贈りものでしょう。そして、この24時間を、自分自身やほかの人々に平和と喜びと幸福をもたらすように使う力量が、私たちには備わっているのです。平和は、いま、ここにあるのです。私たち自身のなかに、そして私たちが見たり聞いたりするものすべての中にあるのです。問題は私たちがそれに触れようとするか否かなのです。青空を見るために遠くに行く必要はありません。子どもの澄んだ目を見るのに街を離れて遠くに行ったり、それどころか、ご近所を離れる必要すらありません。毎日何気なく吸っている空気さえも、気づいてみれば喜びの泉なのです。
・微笑んだり、息をしたり、歩いたり、食事をしたりする毎日の暮らしの中に、豊かな幸福に出会う場があります。私たちは生計を立てることには長けていますが、生きてゆくことには不器用です。~仕事や車、家を手に入れるために一生懸命働いたりします。しかし自分がいまここに生きていることは忘れています。いまこの瞬間こそ思いださなければならない大切な一瞬だということを、私たちは忘れて暮らしています。私たちのひと息ひと息、一歩一歩は平和と喜びと静けさに満たされています。だから、いまここ、この一瞬に気づき、いまここ、このときを生きてみてください。
・仏教で「真如(しんにょ)」というと、「ものごとや人間の本質、あるいはその本性」のことをさします。人はだれでもそれぞれの真如を持っているのです。だから他人と一緒に仲よく暮らすためには、相手の真如も知らなければなりません。~その人の真如をよく知らなければ、トラブルが起こります。一緒に暮らす相手の真如を知ることが、うまくやってゆく鍵なのです。いつも相手に、花のように美しくあってほしい、と期待することはできません。相手が花であると同時にごみくずであることを知っておいてあげるのが大切です。

岡がブレイン・サプライ通信の末尾に記載している“人は幸せだから感謝するのではありません。感謝しているから幸せなのです”という言葉が私は好きですが、人から与えられると最初は感謝になりますが、だんだんそれが当たり前になってきます。わたしは、今まで波乱爆笑の人生ですが、自分の実経験がネタの宝庫なので、出会った方すべてに感謝しています。
いままで人生は波乱が多く、“迷走”することも多かったのですが、当社に入社し、岡に出会い、顧問先様からも学ばせて頂き、またご縁から、いま“瞑想”することで自分の今世の使命に“気づく”ことができました。これから人生100年時代に突入しますので、55歳から人生の後半は“恩返し”の50年と決めています。身障者の方が暮らせる村を創り、人、社会、これからの日本のために少しでも“恩”を返せるようにしていきます。これからのしまモンの“粋”様を温かく見守ってください。
そのために“いま”この瞬間を精一杯“いき(息)、感謝し楽しみます!
今後ともみなさまのご指導を賜りたく宜しくお願い致します。

(島本 浩平)


今回の働き方改革において、労働時間に関係する法改正として、時間外労働の上限規制がありますが、それに加えて、労働時間を客観的に把握することが使用者に義務づけられることになりました。
この改正は、労働基準法の改正ではなく、労働者の健康管理という面からのものであり、労働安全衛生法の改正によるものです。

そこで、まずは労働時間とは何か。そして、労働時間を適正に把握するにはどうすればよいかを知っておくことが必要です。
平成29年1月20日に策定された、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省)」では、労働時間を下記のように定義しています。

※労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置 に関するガイドライン
https://bit.ly/2SZETh0

※(事業主のみなさまへ)労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
(労働時間の適正な把握のための使用者向けの新たなガイドライン)
https://bit.ly/2HxCTfc

◆労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいいます。

1.使用者の明示的・黙示的な指示により労働者が業務を行う時間は労働時間にあたります。
2.労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則などの定めによって決められるものではなく、客観的に見て、労働者の行為が使用者から義務づけられたものといえるか否か等によって判断されます。
3.たとえば、次のような時間は、労働時間に該当します。
① 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
② 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
③ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

そして、本ガイドラインにおいて、使用者が労働時間を把握する方法として、次のものが掲げられています。

【原則】

・使用者が自ら現認すること
・タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること

【例外(原則の方法をとることができずやむを得ない場合)】

・運用等について十分な説明を行い、自己申告により把握した時間と入退場記録等から把握した在社時間等との間に著しい乖離がある場合には、補正を行うこと。適正な自己申告を阻害する措置を講じない等の適切な措置を講じたうえでの自己申告制
(したがって、労働者の自己申告に対して会社が全く管理していない状態は法違反が問われる可能性があります。)

ただ、本ガイドラインにおいては、管理監督者やみなし労働時間制が適用される労働者は対象外となっていますが、今回、労働安全衛生法の改正で、長時間労働者に対する医師による面接指導の履行確保を図るため、対象外であった方々を含めてすべての労働者について「労働時間の状況」(※)を同法が規定する以下の方法で把握しなければならないこととなりましたので注意が必要です。

〔労働安全衛生法第52条抜粋(法第66条厚労省令で定める方法等)〕
「定める方法は、タイムカードによる記録、パソコン等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法、その他の適切な方法」

管理監督者には時間外労働という概念が無いとしても、会社は労働者の安全配慮義務の観点から労働時間の把握により健康管理をしていくということになります。また、この記録については3年間保存する必要があります。
今までは、ある程度自己申告において労働時間を把握されていらっしゃる企業様も多いことと思いますが、労働時間管理がすべての骨幹となるため、社員の健康管理および労基署対策の双方を考えるためには、この機会に客観的な方法で(勤怠管理システム等の導入等)時間管理をされることを勧めさせていただきます。

尚、決められた条件に基づいてシステムを導入された場合には、厚生労働省から助成金が支給される場合がありますので、ご相談ください。
(※)労働時間の状況:いかなる時間帯にどのくらいの時間、労務を提供しうる状態にあったかという概念

(安田 英樹)


美浪左官工業株式会社

URL:http://minami-total-plasterer.co.jp/


◆ 貴社の事業内容について教えてください。

―――当社は昭和6年の創業以来、旭川市を拠点に左官業務に従事してきました。日本での左官技能の歴史は平安時代に造られた歴史的建造物の白壁を塗ることから始まったと伝えられています。「左官」とは、建物に「セメント」「モルタル」等の素材を塗ることや、壁面や床の最終的な表面の仕上げを施す業務のことをいいます。おかげ様で長年にわたり一般住宅や商業施設、ホテル、旅館、テーマパーク等多岐にわたるお得意様とお取引をさせて頂いておりますが、この「左官業務」、工事業の中では、どちらかというと見えないところを支える縁の下の力持ち的な存在であるともいえます。「建物の床が平らである」ということは日常では特に意識をすることなく当たり前の状況であると思われることではありますが、人が歩く場所を平らにきれいに仕上げる、動物園など動物が歩く床を滑らないように加工したりなど、人を含め生き物が特に意識をせず安全に、安心して居られる環境を整える繊細でかつ確かで熟練した技術が必要です。

◆ 創業88年、御社の歴史において意識されているところを教えてください。

―――創業者は私の祖父にあたる美浪善次、2代目は父親の美浪晃一、私が3代目になります。創業者の祖父は、寡黙で無駄口をたたかず、黙々と現場の仕事に打ち込む、まさしく昔気質の左官職人の鏡と言える人でした。私は、祖父の職人としての「責任感」と「緊張感」のもとでプロの仕事をする姿勢を幼少のころながらも背中を見て「左官職人とはこういうものだ」というものを感じとり、その姿勢は今でも自身の原点になっています。また、2代目の父は、昨年人生の役割を終え、他界いたしましたが、私が3代目として会社を率いる存在を前提として、20代の頃から様々な難しく複雑な曲面で考えさせる機会を自分に任せてもらい、その経験がお客様や同業者様、関与先企業様、社員に対する信頼とノウハウを生み、いよいよ創業88年を迎えることができたと振り返り、実感し、感謝しています。

◆この度、平成30年度 旭川市産業貢献賞の受賞が決定されたとのことですが、地域貢献においてご尽力をされた具体例を教えてください。

―――受賞の理由は、このように聞いております。
「長きにわたり、左官技能者として業界の垣根を超えて様々な事業に積極的に参加し、一般の方々へのPRに努め、左官業界の技能及び社会的地位向上に尽力。その卓越した技能において左官組合の理事として季節雇用から通年雇用への労働形態の改善を推し進め、地域の業界の活性化と労働者の福祉の向上に寄与。又、主にこどもたちを対象としたものづくり体験によるものづくり産業への理解、技能の普及、技能振興などを目的として開催されている技能フェスティバルに初年度から実行委員として携わり、旭川地方技能士会会長就任後(平成25年)には、参加職種を広げ、技能体験イベント等により技能のPRと広く一般の方々への理解を深め、注目度が年々アップしているなど、旭川地域の技術力向上と業界の振興に寄与した多数の功績から旭川市産業貢献賞にふさわしいと判断された。」

◆左官業界(工事業界)の雇用と働き方について考えていることをお聞かせいただけますか。

―――現在はテクノロジーの進歩が著しく、建築現場でも例にもれずとなりますが、現場で良い仕事をしていくには、職人の人たちが持つ「気」というべきものが大切であると考えています。論理的、科学的な根拠があるとは必ずしも言えませんが、現場において君臨するこの「気」が仕事へのモチベーションや想像を超えた仕事の完成度(時には芸術的なレベル)につながってくると確信しています。

それには、熟練した腕と技能を持つ職人の存在が不可欠ですが、左官業界に限らず工事、建築現場では、職人の高齢化と技能継承が課題となっています。当社は、20代から70代まで幅広い世代が集まって活躍していますが、高齢世代の方の働き方や環境を整えるように努めています。70代近くになりますと、さすがに今までのように技能を発揮することが難しくなり、退職の選択をする方が多くなります。その一方で、ご自身の体調などを見ながら、夏場だけでも働きたい、今まで培った熟練技術をどこかで役立てたいという気持ちから、カムバックを望む人も増えており、それが生きがいにも繋がるため、当社では前向きに対応しています。

また、北海道は冬期には降雪があり、仕事自体が通年でコンスタントに存在するわけではないため、道外他県の同業者様とも提携し、左官職人の安定的な通年雇用にも力を入れています。それには、同業者様やお客様との日頃の信頼関係の構築がとても大切で、その面においては、自身でも特に丁寧に対応することを常に意識し、考えて行動しています。その姿勢により、お客様の多様なニーズにお応えできることにつながると考えています。

◆4代目の社長様へのメッセージをお願いします。

―――今、私の次男が現場に入って将来の会社の船頭になるために日々切磋琢磨しています。私の時代とはまた、違う時を生きていくことになるため、時代に合わせて職人の皆さんが働きやすい環境をつくれるよう、また、経営および労務管理に関してできるだけ的確でシンプルに判断ができるよう、いつバトンタッチをしても困ることのないように、会社のルールや仕組みをブレイン・サプライとともに一緒に整えています。未来の当社の船頭として、期待することはたくさんありますが、自分の身の丈を理解して、日々自身で考え、行動し経験を重ねて会社とともに健やかに成長していってほしいと願っています。




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