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令和2年11月号①

query_builder 2020/11/10
サプライ通信

岡社長の今月のアドバイス
●『大東亜戦争から学ぶリーダーシップ⑱』
●『人生で仇をなす人たちの役割とは!
(スピリチュアル系)』
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労務の寺子屋
『社員教育のあり方で会社が変わる』
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関西事務所便り
『Go To奄美大島!』
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BS企業名鑑
『株式会社東海イエス』
代表取締役 古川弘之助様
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BSカウンセラーの会 ~心の保健室だより~
『就労支援・復職支援(リワーク)施設へ行ってみた』
・コラム:あなたの会社の“不思議ちゃん”&“
困ったちゃん” ~忘れっぽい編~
今月のご縁むすび
『第70回 株式会社ベター・プレイス 森本様』
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社労士法人ブレイン・サプライからのお知らせ
『東京都「テレワーク定着促進助成金」のご案内』
『コロナ関係助成金のご案内』
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ブレイン・サプライグループからのお知らせ
・『ちょくルート』のご紹介
・『sai*reco(サイレコ)』のご紹介
・『RPA』のご紹介
・『バリューイノベーション』のご紹介
・『heARTfulness for living協会』のご紹介
・『セキュリティ診断』のご紹介
・『Eye247』のご紹介
・『meet-in』のご紹介
・『冷凍マンゴー販売』のご案内
・新入社員紹介<中野真樹さん>

大東亜戦争から学ぶリーダーシップ⑱





第18回目は、大場 栄(おおば さかえ、1914年〈大正3年〉3月21日 – 1992年〈平成4年〉6月8日:写真①②) は、大日本帝国陸軍軍人、実業家で政治家。最終階級は大尉。有限会社丸栄産業代表取締役、蒲郡市議会議員で愛知県蒲郡市出身です。
大場栄大尉の活躍は、ドン・ジョーンズ原作(写真③)、2011年2月11日公開の映画、「太平洋の奇跡・フォックスと呼ばれた男:写真④」で有名です。主演は私の好きな俳優、竹野内豊(⑤)です。
当時興行収入第1位になっており、私も観に行きました。この映画ではラストシーンが一番のお気に入りです(後述)。



日本軍の組織的な反攻はサイパン島守備隊の玉砕(全滅)と共に昭和19年7月に終了していましたが、その後も生き残った47人の兵で、45,000人の米軍をゲリラ戦で翻弄し、米軍から畏敬の念を込めて「フォックス」と呼ばれました。

大東亜戦争末期、サイパン島で激戦が展開された背景には、同島が日米両軍にとって、軍事上極めて重要な意味をもっていたことが挙げられます。とりわけ日本軍にとって、米軍に同島を奪われることは、国防上極めて脅威を意味しました。なぜなら、直ちに同島に配備されるであろう「超空の要塞・B‐29(航続距離9,000km):写真⑥⑦⑧」が首都東京をはじめ、日本本土の大部分を攻撃圏内(サイパン島との距離:3,000km)に収めてしまうからです。

なお、それは大本営が昭和18年9月末に絶対国防圏を定めた際、サイパン島をその中核拠点としたことからも伺い知ることができます。昭和20年に硫黄島(本シリーズ第④回で紹介)が狙われたのは、B29爆撃機の護衛戦闘機P51の航続距離(3,500km)を考慮し、日本本土から1,000kmの地点の飛行場を設営できる島は硫黄島以外になかったからです。
因みに75年前の大東亜戦争終戦時、大陸方面では日本軍は健在でした。敗因は専ら米軍相手に制空権を握られ、制海権を失い、高高度から空襲され、生産手段を奪われ、国力が衰退していったことが敗因です。







(投降した大場隊の誇り高き47名(写真⑨)
前列左から4人目の白い襟の人物が大場栄大尉です。)
大場大尉は、大正3(1914)年3月21日 大場伊助の長男として愛知県の農家に誕生しました。生粋の軍人ではなく、元は学校の教諭でした。






映画「太平洋の奇跡」にもありましたが、サイパン島陥落後1年5カ月(512日間)もの間、大場大尉は150名の兵士と200名の民間人と共にサイパン島山中に籠り、組織的なゲリラ戦を展開しました。その間、陸海軍混成部隊の統率を完遂しました。同時に部隊と行動をともにした大勢の民間人の生命を守り抜きました。大場隊が玉砕を選んでいれば、民間人も呆気なくその巻き添えにされたことは言うまでもありません。しかし、大場大尉は、民間人の生命を優先し、日本と日本人を守る御楯となり、帝国軍人としての本分を全うしました。(民間人はその後、安全の確保が得られ、米軍投降が勧められました。)
大場大尉は、米軍に投降するまで、必ず友軍がサイパンを奪還に来ることをひたすら信じていたそうです。残念ながら当時の日本にその力は最早ありませんでした。
天羽馬八少将(すごい名前ですね!)からの降伏命令後、米軍への降伏前日の11月30日の夜、野営地では焚き火が焚かれ、最後の食事が用意されましたが、その中身は全てゲリラ戦の中で米軍から盗んだ缶詰だったそうです。出来立ての椰子酒のビンが何本も空けられ、サイパンの思い出やこれからの生活について、夜を徹して語り続けられたそうです。
夜が明けると全員起床し髪を切り、髭を剃り、新しい軍服に身を包んだ彼らは、見違えるように軍人らしくなっていました。大場大尉が外に出ると、整列していた兵士たちの前に、目にも沁みるような白地に赤の大きな国旗が風になびいて翻っていたそうです(写真⑪⑫)。



「私は今日まで諸君とともに軍務を遂行できたことを誇りとする。」
「諸君は見事に戦った。遺憾なく武士道精神を発揮した。しかし、諸君も承知のように、戦いはすでに終わった。このサイパンにおいて、わが軍は玉砕し、ほとんどの戦友が戦死したことを考えると、誠に断腸の思いであるが、天皇陛下の御命令により、ただ今より戦いを終結する。」
「諸君は、最後まで戦い続けたことを誇りとし、爾後は、健康に留意し、一日も早く祖国に帰り、新生日本の建設に邁進せられんことを望む(注1)。ここに天皇陛下の万歳を三唱する。」と告げ、「天皇陛下万歳!」、「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」がジャングルの中にこだましました。
(注1)戦後日本の発展は、生き残った彼ら元軍人たちが、戦死した戦友たちの分までと、必死に働いてきた結果です。我々はその遺産によって、繁栄のお裾分けをいただいているのです。
そのことを肝に銘じて、後世にこの大敗を喫した大戦争のことを、語り継いでいかなければならないと思います。

「ただ今より、慰霊祭を執行する」として約100名の戦死者に対してお経を唱え、亡くなった戦友たちのことを偲びました。
そして読経が終わると「弾込め!」と号令がかかり、「撃ち方用意!」 全兵隊は銃口を斜め上に向け、「撃て!」の号令を大場大尉は都合3回繰り返しました。40人以上全員が一斉に発射した銃声は山から山へ木霊しました。(米軍もびっくり)
このシーンは映画でも感動と共に描写されています。
https://www.youtube.com/watch?v=OYwDYM7uDzU
敗戦後約3か月後の昭和20年12月1日、正式に米軍に投降した大場栄陸軍大尉が指揮する47名は、潜伏するタッポーチョ山を下りました。
下記に、部隊がタッポーチョ山から下り、投降式典会場に向かう際に全員で歌い上げた軍歌「歩兵の本領」の歌詞を紹介させていただきます。映画「太平洋の奇跡」ではラスト部分の行軍・投降のシーンで出てきました。苦しい環境の中でも弱音を吐かず、部下を最後まで統率し、日本人としての誇りをもって戦い抜く、リーダーとしての大場栄大尉は、尊敬に値します。最後は日本人の誇りをもって降伏に応じ、礼儀礼節を守り、日章旗を先頭に更新し、正々堂々と降伏に応じました(写真⑬⑭)。



<歩兵の本領 作詞:加藤明勝 作曲:永井建子>
https://www.youtube.com/watch?v=01HugflJ3iM

1.萬朶(ばんだ)の櫻か襟の色 花は吉野に嵐吹く 大和男子と生まれなば 散兵線(さんぺいせん)の花と散れ

2.尺餘の銃は武器ならず 寸餘の剣何かせん 知らずやここに二千年 鍛へ鍛へし大和魂(やまとだま)

3.軍旗守る武士(もののふ)は 總てその数(すう)二十万 八十餘ヶ所に屯(たむろ)して武装は解かじ夢にだも

4.千里東西波越へて 我に仇なす國あらば 港を出てん輸送船 暫し守れや海の人

5.敵地に一歩我れ踏めば 軍(いくさ)の主兵はここにあり 最後の決は我任務 騎兵 砲兵協同(けふどう)せよ

6.アルプス山を踏破せし 歴史は古く雪白し 奉天戦の活動は 日本歩兵の華と知れ

7.携帯口糧あるならば 遠く離れて三日四日 曠野千里に亙るとも 散兵線に秩序あり

8.退くことは我知らず 見よや歩兵の操典を 歩兵の戦は射撃にて 敵をひるませ其隙に

9.前進前進叉前進 肉弾とどく處まで 我が一軍の勝敗は 突撃最後の数分時

10.歩兵の本領茲にあり ああ勇ましの我兵科 會心の友よさらばいざ 共に励まん我任務

大場大尉以下47名(赤穂浪士の47士と同じですね!)はこの歌を大声で歌いながら降伏会場に行軍していき、日本軍の戦意と誇りを示し、会場に待ち構えていた米軍を感動させました(写真⑨~⑭)。
なお、かつてビルマ国軍(現ミャンマー)は、この歌を行進曲として採用していたそうです。 この歌は海外でも評価が高く、日本人らしさがうかがえると軍事マニアの間では評判です!

人生で仇をなす人たちの役割とは!(スピリチュアル系)

人事労務の仕事をしておりますと、ブラック社員に出くわすことが多々あります。
彼らの共通点は、自分のことは棚に上げ、理不尽な要求をしてくることです。また、自責で物事を考えず、常に他責で考え、他人を攻撃してくる、極めて利己的な存在です。
彼らのような人たちが何故存在するのかを、最近よく考えます。
ブラック社員の育ってきた背景を詳しく分析し、洞察していきますと、少しずつ見えてきたものがあります。それは、彼らは、“今、ここ”に必要だから存在しているのだということです。
特に最近は、<人生に無駄なことなどこれっぽっちもない>ことに気づくようになってきました。
他人の人生において仇を成す人たち。
彼らは役割があるのです。その会社の社長にとって必要だから。そして社員にとって必要だから。取引先にとって必要だから・・・・。そういうことなのだということです。
そしていつか、仇となる社員が引き起こした問題が消滅する時が来ます。それはその問題が自分(会社・社長・社員・取引先)にとって必要なことであることを受け入れた瞬間のようです。そうなると既に問題は問題で無くなってくるようです。
そしてその後が面白いのですが、問題が問題で無くなった後、どうなるかということですが、その問題を引き起こした元凶である、そのブラック社員が社内から消えていきます。退職という形もあれば、問題を起こさなくなっていくケース(ホワイト社員化)もあります。



彼らの役割とは何なのでしょうか? 本当に不思議です。
何となく分かってきたことは、『職場とは自己の人間性を磨く道場(場所)』であり、会社の同僚は、自己(社長・社員等)の魂磨きのための砥石(といし)であるらしいということです。
スピリチャルな世界では、あの世は有ることになっています。因みに私はある時からあの世は“無い派”から、“有る派”に転向しました。そのほうが合理的に生きられると考えたからです。(このことはまた別の機会に詳しくお話しさせていただきたいと思います。)
その、あの世の話で恐縮ですが、あの世では、何とこの仇をなした人の魂が、笑顔で自分の魂を迎え入れてくれるそうなのです。ホントかと思いましたが、どうもそのようなのです。
それが何故なのかと思われるかもしれないのですが、どうも今回の人生の節目で、順風満帆にいっている人生の中で、自分に厳しく当たって欲しいということを、あの世にいるときに、今回の人生で会う人たちの魂に様々な依頼をしてきているらしいのです。(どうも変化のない、大過の無い、無難な人生というものは、魂の成長には余り繋がらないようなのです。)
そのことを潜在意識が思い出し、仇を感謝で受け止られるようになると、もうこの人には仇を成す必要が無いということで、魂レベルでの約束が果たされ(契約の解除)、それ以上問題とならないようなのです。
一方、頑なに仇を成した人物を拒絶し、非難し、反撃していくと、問題は更にバージョンアップして、これでもかというほど、問題がこじれてくるようです。
人生の法則では、仇を乗り切って、感謝で受け止め、人生を全うした人は皆祝福されるようです。
今後の私のトラブル解決のためのコンサルティングは、上記のことを踏まえた指導に変わっていくことになります。先月号でも申し上げましたが、戦って勝つのは下の下の策であることをお伝えしました。



今後、我々が行うコンサルティングによって、お客様の社内の不協和音や不信感を払拭し、社風改善に寄与し、全員が同じ価値観を共有していけるよう、マスターマインド(右記の図ご参照)の構築につながるように活動していきたいと思います。
「マスターマインド」とは、二人以上の、統一した願望や目標を持った人間の集まりのことであり、また、それらの人々の間で行き交う、波長の合った思考のバイブレーションのことです(ナポレオン・ヒル)。




地方の中小企業を訪問すると、よく社長の皆さんから「なかなか社員教育が大企業並みにできない」とのお悩みを聞きます。確かに大企業と比べれば「社員教育」はあってないようなもので、ほとんどシステム化、制度化されていません。
特に製造業は、職人としてコツコツと着実に実績を積み上げてきた社員が、一定の時期に到達すると主任、係長、課長と職位が上がっていきます。しかしながら、その間、各役職のあるべき姿、管理に関する役職像を教育という形で研修している中小企業は少ないと思われます。
社員教育の本などで、勉強すればある程度の表面上の制度化はできます。しかし、教育研修の内容については、企業規模、企業の持っている風土、社員の気質等から三者三様で画一化できるものでもありません。
今回は、社員教育という点でお話をします。
私の敬愛する「大村はま」の著書「新編 教えるということ」(筑摩書房)を引用しながら、展開していきます。
「大村はま」は、1906年生~2005年没(98歳)。横浜生まれ。戦前戦後を通して国語の教師として活躍。国語教育の専門家とみなされ、講演も多数あり、1950年頃には学習指導要領の作成委員にも加わりました。



弊社にも祖母が大村先生の指導を受けたという、元国語教師の社労士がいました。これも何かの良き縁と思っています。
今回、取り上げた理由は、この著書に社員教育につながる本質的な点が述べられているからです。

「読むこと」が一番大事。

小学校時代、先生に「読んできたか」と言われませんでしたか。「読むこと」を教えなければならない先生が、家庭で読んでこさせて、「読むこと」の大切さを教えない点について、疑問を呈しています。一字一字見ている子供とひとまとまりの言葉をちゃんと捉えるように成長してきた子供との違いはいつごろから生まれるのか。
字を捉えるのではなく、言葉を捉えることは、3年生でできなければいけないと言っています。「4年生では文で捉えてくれないと困ります」と。「唇が少し動いている子供は、声帯を動かして読んでいるのです。つまりこの子は、速く読めるようにはならないということです。」「小学校に入学したときに、早く発見すれば、まだ直せます。最初に読ませてみる時に、見つけてください。」「唇が動かなくても声帯が動く子がいます。
声帯が動くということは、やはり発声しているということです。(中略)早く「黙読」の癖をつけるというのは、「読むことを」を速くするためです。(中略)じっくり読むべき本、また、ざっと読むことで1日に5、6冊もこなさなければならないこともあります。(中略)その速く読む力は、文字が一度に意味になって、どんどん頭に入ってくることをいうのです。一度音声化されたら、「音読」は絶対に「黙読」より遅いに決まっています。黙読できない子供は、「黙って読みなさい」と注意されても音声化してしまっています。
こうした子供は、小学校1年生の時に絶対に直さないと、次期遅れになります。そういうことを発見したり、直したりするには、「家で読んでくる」のではだめです。(中略)ですから、「読んできたか」と聞く教師は、何も教えないで大切なことを家でやらかしてしまっていることになります。(中略)このように、学校でやるべきことをしないのを、「教えない」と私は言うのです。
最初に本をあけて、感動をもって読む第一読は、学校で感動をもってなされるべきではないでしょうか。そして教師は、そういう子供の読む病気をどんどん発見して手当をすること、(中略)それが「教える」ことだと思います。


「読み方」を教える真意に深く感動しました。
会社のOJTでも、助言、指導する前にその目的・意義をはっきりと伝え、一定時間を割いて、直し等がないか、社員の一挙手一投足をしっかり見ておく必要があります。それぞれの職業に応じた重要な基本的な動作、決まりというものがあるはずです。それをしつこいくらい何度も指導・助言をしていくことが、結果、人を育てることにつながります。また、社員本人が聞きたいことがあれば、億劫がらず聞いてやることも必要です。
上司は指導の役割を持った社員には、すべきこと、しなくていいことを、しっかりと教えておかなくてはなりません。
また、技術的なことは見せて、教え、間違いはすぐ指摘し、修正できるまでしっかり支えてやることが大事です。部下の仕事を放任しておいて、結果に駄目出し、文句を言うことはもってのほかです。それなら初めから見てやるべきです。
OJT担当者には指導・助言をしたあと、指導した社員の改善すべき点等を記録させることも重要です。
この積み重ねが、両者の能力を高めます。業務上、厳しく叱りつける場合でも、部下に成長してもらいたいという信念(慈愛)を持ってあたってください。厳しいと部下は限界まで追い込まれますが、より鍛えられ、成長もしていくでしょう。


さて、平成29年度労働政策研究・研修機構の「人事育成と能力開発の現状と課題に関する調査」から。(複数回答可)
■人材育成・能力開発の取組について、
10人未満企業・・・人材育成・能力開発の方針を定めていない・・・・・・25%。

■企業が取り組んでいるOJTのトップは、
とにかく実践させ、経験させる・・・・・・・・・・・・・・59%
OJT業務で仕事についての相談・助言・・・・・・50.8%
① OJT実施企業では、うまくいっている・ある程度うまくいっている・・・・・・77.7%
② OJTがうまくいっている企業では、社員の満足度が85%と高い。

また、OFF-JTでは、実施企業の9割が効果を実感しています。平成27年にOFF-JTを実施した企業は4割。うち100人以上企業では7割実施。30人未満の会社では、社員の9割以上が受講していない状況です。
受講したOFF-JTによって得られた技能・知識などが仕事に役立ったとする人は、正社員・・・86%、契約社員・・・91.3%、パート・アルバイト・・・88.4%。
以上から、正規、非正規にかかわらず、人繰り・時間・費用が許すなら、目的に沿ったOFF-JT教育(外部研修の受講など)の実施は、企業の生産性を上げ、社員のモチベーションも高くする可能性が十分期待できます。

■人材育成・能力開発における課題については、
指導する人材が不足している・・・・・・・33.2%(300人以上の企業・・・58.2%)
人材育成を行う時間がない・・・・・・・・32.7%
鍛えがいのある人材が集まらない・・・・30.7%

企業規模が小さいほど、「会社の人材育成方針についての説明」「業務に関するマニュアルの配布」が無い傾向が見られます。前述の「人材不足、育成時間がない」については、すべて経営者である社長の責任です。
嘆く前に、真剣に覚悟をもって、社員教育ができる環境づくりをしてください。社長と幹部が集まって対策を練るもよし、信頼できる外部講師を招いて協議するもよいでしょう。人づくりに手を抜かないでいただきたい。
銀行員時代、よく想うことがありました。それは、社長が社員の人づくりにあまり熱心でない会社が、地方には結構多いと。社長は高給を取りながら、部長以下は地域標準より少ない報酬の会社がよくあります。社員の駐車場の車を見れば会社の給与実態がそれなりに分かります。こうした会社は、今後、高い成長はないでしょう。社員に厚い会社はまだまだ伸びます。社長の一人天下の会社は1馬力。社員全員が機動力を発揮できる会社は何十倍も成長できると信じています。

武田信玄の武田節に「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」と詠っています。立派な城、石垣、堀を築いても、そこに人がいなければ機能しない点で、人こそが大切な財産であると説いています。


規模の小さい会社の経営者は、社員の動きに関し、人(課長等)任せにしていませんか。少数の会社なら社員に!?という兆候が現れたら、必ず面談して、悩みなりを聞いてやって下さい。ここのところを、手を抜いたら駄目です。100人未満の会社なら、社長が面談できます。
あなたがもっと若い時に、社長から、お前はこんなレベルでとどまるような奴ではないと言われたら、まんざらではない気持ちが生まれるのと同様に、社員はいつもエールを送ってほしいと願っています。好機を見逃さないで下さい。
人材育成には時間がかかります。実際、人材育成プログラムを作っても、短期間で成果につながることはありません。2年、3年~5年とみてください。根気のいる取り組みです。人材育成はやってもやらなくても変わらないとか、人材育成にかける余裕なんてないと育成を放置することがないようにしてください。放置プレイは、会社にとって取り返しのつかないことになります。

最初の大村先生の教えに戻ります。素人教師と玄人教師のところでは、「いい人」なんて当たり前と言っています。「いい人などということは、つまり、人間だというのと同じ意味で、人間だれしも悪い人であってよいわけがありません。それだけでは教師とは言わないのであって、やはり未来の建設に役立つ人間を確実に育て上げる人、育て上げようとしている人だけが(玄人)教師なのです。」と言っています。「未来の建設」を「自社の建設」に置き換えてみれば、社内の究極的な教育研修の目的は、そうした人材を一人でも多く育てることが自社の繁栄につながります。技術的なこと等の指導教育の先に、人を育てるという究極の目的が存在します。この役割は、経営者あるいは有力な役員である、貴方がすべきです。

(森下 英嗣)


暑かった夏も過ぎ、早いもので年末が近づきつつあります。今年の始めから猛威を振るったコロナ禍もいったん落ち着いた事もあり(まだまだ気は抜けませんが)、7月から始まったGo To トラベル キャンペーンを利用して奄美大島へ行ってまいりました。


沖縄には何度か行ったことがあるのですが、初めて訪れた奄美大島は同じ南の島でも雰囲気の異なる場所でした。沖縄は設備の整ったリゾート地という感じですが、奄美大島は手付かずの離島リゾートという感じです。
奄美大島は東洋のガラパゴスと称されるだけあり、アマミブルーと言われる海の青さと島の大部分に広がる原生林とマングローブ林、壮大な大自然に圧倒されます。
訪れるまで知りませんでしたが、奄美大島は北方領土を除くと沖縄本島、佐渡島についで日本で3番目に大きな島なのだそうです。


関西国際空港からLCCで2時間ほどで奄美空港に到着、Go To トラベルの恩恵もあり、今回は貸別荘に宿泊しました。
10月ですが奄美大島はまだまだ暑く、海水温も高いので海に入ることは問題無く、目の前は徒歩10歩でビーチ、宿泊先の横には温水シャワー、1階にはバーベキューが出来るテラスがあり、設備は万全でした。
残念ながら台風14号のおかげで波が高く、海には膝までしか入れませんでしたが…。
そして台風の影響で見る事は出来ませんでしたが、夜には降るような満天の星空が堪能出来るハズでした。

食事は南の島なので、濃い味付けのものを想像しておりましたが、郷土料理はどこも薄味で、有名な郷土料理の鶏飯もいただきましたが、こちらも出汁の効いたあっさりとしたものでした。
大きなスーパーは数えるほどしかありませんが、所々にコンビニがあり、それほど不便には感じませんでした。
こちらも台風のおかげで商品がほとんど並んでいない状態のものを経験する事になってしまいましたが…。

3日間滞在の最終日は台風の影響もなくなり、素晴らしい晴天が広がりました。
設備の整ったリゾート地も良いですが、たまにはこういった大自然のなかで日常を忘れてのんびりするのも良いかと思います。



もう既に御存知の事とは思いますが、改めてGo To トラベル キャンペーンについて簡単に説明をしたいと思います。
1人1泊当たり20,000円を上限として、旅行会社のパックツアーの場合はパックツアー料金から35%OFFになり、個人で公共交通機関等を利用しての旅行の場合は、宿泊料金が35%OFFになります。パックツアーの方が往復の交通費も割引対象になるのでお得ですが、パックツアーなので時間や宿の制約があります。
そしてもう1つ、旅行会社や宿泊先で配布される地域共通クーポンが10月から始まっております。
旅行の期間中に宿泊先地域の登録されている場所で使用出来る1,000円の金券のようなもので料金の15%分が支給されます。
地域共通クーポンについて残念ながら奄美大島では登録準備中の所が多く、利用出来る所はまだまだ少なかったですが、大きなスーパーや空港のショップでは問題無く使用出来ました。


まだまだコロナ禍の脅威はありますが、Go To トラベル キャンペーンはかなりお得な施策だと思います。
年末年始もありますので、コロナ禍対策を万全にして、お出かけしてみては如何でしょうか。


古川社長、この度はお忙しい中、貴重なお時間を賜りありがとうございました。今回は、リユース事業部ではハードオフやブックオフなどの店舗運営を行うほか、遺品整理事業部では古川天昇堂を展開されている東海イエス様の創業からの歩みと理念についてお話を伺いました。

◆ 新しい環境社会に調和する企業として、皆様の快適生活を支援してまいりました。


Q.はじめに、御社の事業内容と創業からの経緯を教えてください。

A.私の父親である創業者が、戦後にラジオの修理業から始め、その流れで家庭用電化製品の販売業をやるようになりました。高度経済成長期のいわゆる“三種の神器”の需要が起きる中でその流れに乗って、店舗をチェーン化して家電量販店となりました。おかげさまで静岡、愛知、岐阜、福井にわたって多店舗展開を行うと同時に家電量販店のフランチャイズ事業にも進出しました。
そのような中、高度経済成長も終わって平成の世の中では、地球にやさしい環境作りが求められるようになり家電リサイクル法が施行されました。これは結局、父の代で大量に国内に流通させた家電などの耐久消費財を捨てずにリサイクルしましょうという法律です。この法律が出来てから、家電は売るだけではなくて、売ったものをもう一度リサイクルするという新たなミッションが付け加えられました。
そのミッションを使命として遂行していく中で、高齢者世帯がいかに多いかということを思い知らされ、核家族化と高齢化が各世帯で進んでいるということを実感しました。さらに、市営住宅とか県営住宅などの共同住宅が高度経済成長期に核家族化を促進させたわけですが、そういうところの空き家率というものも目につきました。「消費させたもの」、「流通させたもの」をいかに資源としてリサイクルさせていくかという課題と同時に、日本の世帯の高齢化と空き家問題に直面したことで、今までは売るだけだった会社が、今後は最後の住空間として生活をどのようにしていかなければならないのかという問題の解決に使命を見出すようになりました。
たとえば、高齢独居世帯でお亡くなりになられた方が出て、対象家電製品を回収してリサイクル工場に持っていきますが、そこで皆さんがお困りなのは仏壇やお墓などの祭祀の承継問題です。高齢独居世帯では、承継者が必ずしも生まれ育った土地にいるわけではないことが多いので、結局自分が生まれ育った家をどうするかという問題もおきます。これらをまとめて弊社は『ライフエンディング』と呼んで、問題解決する事業に取り組むようになったというのが古川天昇堂の始まりです。創業時代から家電の技術者がいたということ、工事事業部門もあったことが家のリフォームにもつながり、いろいろな問題がワンストップで解決できるというノウハウの蓄積もありました。新しい事業を始めたというよりは、そのノウハウをいろいろなところにも活用できるという気づきでもありました。このことはライフエンディングの問題を解決するのにも非常に有効でしたね。
もう一つ、日本の場合は単純に人が亡くなったからといって、家を片付けて“おしまい”ではなくて、祭祀の継承問題をどうしていくのかということが、非常に大きな課題になります。仏壇やお墓を誰が継いでいくのかということです。それについては、関係団体を通じて、祭祀承継に関するノウハウや取り組みを勉強させていただきました。そのようなところから、片付けだけでなくライフエンディングについての考え方や具体的な準備の方法を体系化して伝えていくということに、非常にニーズがあるということもわかりました。
そこから終活のコンサルティング事業も展開することになりました。地域の社会福祉協議会や各行政からの終活セミナーのご依頼を受けてセミナーも行っております。ですから、片付けだけでなくソフト面と合わせてサービスの両輪として提供し展開している事業です。

◆ 知識と経験を備えた遺品整理士が担当いたします。


Q.遺品整理士について詳しくお聞かせ下さい。

A.これは国家資格ではなく、認定団体の資格です。一般社団法人遺品整理士認定協会という団体が認定する資格制度です。
遺品整理士というのは、監督官庁がどこかというのは決まっていないですし、必要な国家資格もありません。ですので、今までにないサービスの提供です。そんな中で、言葉が独り歩きしてしまい、いろいろな方がこの事業をおこなっており社会的な問題もだいぶ起きてしまいました。
そこで、ある程度の機構をつくって、一定のサービス水準を満たした事業所や人に対して与えられる資格が遺品整理士です。
弊社のこの事業に携わるスタッフは全員持っております。やはり、サービスクオリティを一定に保つということ、あとはお客様に安心して当社にご依頼いただけることの確保のため、全員に義務付けています。

◆ 大切な遺品をご遺族のもとへ・・・


Q.事業経営において特に意識していることは何でしょうか。

A.やはり、主のない部屋の片づけなので、どこに何があるというのは亡くなった故人しか分からないわけです。だからこそ、丁寧な片付けをするということを徹底しています。それから、ご遺族の感情への配慮もかかせません。陶器の整理などは段ボールを持ってきて、そこに全部割って入れるとか、家具などは搬出しづらいので、部屋の中で背板を外しておくと薄くたためて簡単に運び出すことが出来るわけです。ですがやはり、遺品整理というのは故人の感情というものがあるので、ご遺族やご依頼人の前では一切、壊すとかたたむということはやりません。
故人の情報に関するもの、ご遺品と考えられるもの、例えば何のことはない人形であっても保管場所とか大事にされていたということが分かれば故人の思いが残っているものとして遺品になります。そういったものはきちんと区別します。そして最終的に一旦、ご遺族のお手元に戻して確認を行います。その中にはやはり、ご遺族の方がずっとお探しだったものとかあるわけですね。決して探すことが仕事目的ではありませんが、ご要望があれば、そのような物には気を付けて作業するので、大体のものが見つかることが多いです。
遺品整理にはそのような心掛けが必要ですね。そういったところではやはり、ただの廃品回収とは一線を画しています。

◆ 快適な生活は「整理」から始まる。


Q.今後のビジョンをお聞かせください。

A.基本的に『ライフエンディング』というワードが鍵になって、そこから発生する問題の解決を会社のミッションとしています。これまでは、本当にエンディングが来てしまってから後のことをメインにやってきていました。ですがこれからは、思い通りのエンディングの為に出来ること、アフターではなくビフォーケアのために出来ることを手掛け始めています。今は、断捨離なんて言葉もありますが、お元気な時に自分のことは自分で、ということのお手伝いを行っていきます。祭祀継承についても、エンディングが来てしまってから「さあどうする!」というのでは、お葬式のやり方も含めて本人と家族の思いが一致せず、単純にプラン任せになってしまい思い通りならないわけです。
そのために生前に準備を始めておく。葬儀以外にも大切なことはたくさんあります。エンディングにかかる費用が一体どれくらいなのかということも分かりづらくありませんか?地方出身の方のお墓やご実家の仏壇などについても、しっかりとご供養して閉じる。このような準備を教えてくれるところはなかなかありませんし、そのようなこと決めておくことで回避できるトラブルは実際にたくさんあります。これが終活コンサルタントの役割ととらえています。
それから、高齢者の独居世帯も増え続けています。思い通りのエンディングとはご自身が健康で自立した状態で旅立てればいいのですが、日本の平均寿命が延びている中、健康寿命といわれる自立して生活が営めるという寿命との差は10年くらいあります。ということは、お亡くなりになる10年くらい前から自立した生活が出来ていないということです。そのような中では、今お住いの場所の環境整備ということも非常に大切です。例えば、月に1回の古紙回収に出そうと思ってまとめていた新聞紙が廊下に置きっぱなしになっていたとすると、これにつまずいて転ぶ原因になります。他にも、箪笥の上に物が置いてあると、地震で落ちてきてケガをするという危険性もあります。これらは国も推進している福祉住環境整備といいまして、健康なうちから住環境を整えてケガの少ない、また病気になることがないような毎日を送ってくださいという取り組みです。そのお手伝いについても推進していきます。自然災害が起きた場合の非難の確保、火災が起きた時の初期消火などにも注意が必要です。非常灯設備が備わっているだけで夜間災害の対策にもなります。こういったお年寄りの方の福祉住環境の整備を見ておくことも重要ですね。このようなことも全て含めてライフエンディングのサービスとビフォーケアに取り組んでいきたいと考えております。

※担当コンサルより

古川社長、この度は貴重なお時間を頂戴しまして、誠にありがとうございました。
東海イエス様は、私が入社2年目に、ご契約当初から担当させていただき、規程の整備から労務管理について様々なことを受け持たせていただき、私自身も勉強させていただいております。
今回の記事についても、誠心誠意やり続けてきたことが積み重なり、財産となって事業展開に結び付き、活かせるようになったこと、準備の大切さなど非常に有意義なお話をお聞かせいただきました。現場のお話など、紙面の都合で割愛させていただいた部分もございますが、お聞かせくださいましたお話は今後の私のコンサルタントにおいても活かして参ります。


(馬場 寿春)




10月下旬、とある就労支援施設へ見学に行きました。就労支援施設というのは、ざっくり言うと障害をお持ちの方が職場復帰するために訓練をする施設です。就労支援といっても、就労移行支援、就労継続支援、就労定着支援など複数あります。また、どのような障害をお持ちの方を受け入れているのかは施設によってさまざまですが、今回見学した施設では、身体障害者、精神障害者、発達障害者など、幅広く受け入れを行なっていると伺いました。ちなみに利用者の約7割が精神障害者とのことです(障害者認定されていなくても、診断書があれば訓練を受けることが可能な場合もあるようです)。
就労移行支援の利用料は、国と自治体で9割負担されるので、自己負担額は1割ですが、今回見学した施設では、ほとんどの方が0円で受けることができる(※前年の所得がいくらかによって異なります)そうです。多様なバックグラウンドの方々が利用されているので、パソコン訓練やビジネスマナーから、グループワーク、メンタルヘルスケア、個別のスキルに応じたトレーニング等まで、多岐にわたったプログラムを受けることができるようです。




●休職後の社員復帰にご不安がある場合は、これらの就労支援も活用されてみてはいかがでしょうか?


<今回の不思議ちゃん・困ったちゃん の特徴>

① 業務指示したことを、頻繁に忘れてしまう
② 細かい注意ができず、ケアレスミスをしやすい
③ 業務を計画立てて整理することが難しい

<ADHDのAD(注意欠如)傾向がある?>

もしかしたら、いわゆる「大人の発達障害」なのかもしれません。診断するのはあくまで医師なので、素人判断は危険ではありますが、忘れっぽさやケアレスミスのしやすさなどは、一般的な傾向として、ADHDのAD(注意欠如)の特性が出ている可能性があります。

<対応策>


① 付箋活用術
② To Doリスト活用
③ その場でメモしてもらう習慣を

忘れっぽさは、忘れる前にメモを取ったりTo Doリストに加えたりすることで回避できます。ただ、メモを見ること自体を忘れるおっちょこちょいな強者(=筆者もです)もいるかもしれない為、その場合は付箋活用術がお勧めです。図のように付箋一つ一つに業務を書き、重要・緊急な順番に並べます。業務を終えたらその付箋を捨てます。こうすることで忘れっぽさも回避でき、業務の優先順位も整理されます。そして、業務が書かれた付箋を早く処理したい衝動が湧いて、業務効率が上がる場合もあります。
また、業務の伝え方を工夫してみるのも良いでしょう。インプットするとき、聴覚からの情報に疎い、活字の情報に疎い等、個人によって特性はさまざまです。業務を覚えること自体が困難な様子であれば、どのような手段で伝えるとご本人の頭の中に入りやすいのか、相談しながら進めてみるのも一つかもしれません。
発達障害のグレーゾーン(幼少期に発達障害と診断されなかったが、そのような傾向がありそうな人)の方への対応方法などを、障害者職業センターで教えてもらえる場合もあります。お困りの際は、相談してみてはいかがでしょうか。

◆参考文献
・『マンガで分かる心療内科13巻』 ゆうきゆう著


(千葉 風花)


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