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平成26年5月号

query_builder 2014/05/01
サプライ通信

岡社長の今月のアドバイス『言葉はエネルギーであり、言葉は凶器である』『慰安婦問題に終止符を!』ほか
診断士 松下から見た『“最北の地“稚内”の可能性“』
BS海外コラム『海外で有名な日本人:山田寅次郎―その2』
コンサルタント小出の今月の気になるキーワード『総合的品質管理「QC7つ道具」管理図』

関与先様からのご投稿株式会社ザメディアジョン代表取締役兼CEO 山近義幸氏より
労務の寺子屋【労務トラブル110番編】試用期間中の社員の能力不足。解雇は可能??
ブレイン・サプライより自社セミナーのお知らせ
・簡単にできる“中小企業の評価制度の作り方”
・一日で学ぶ“自社で作る賃金制度”支援塾
・潜在能力を顕在化!才能発見&活用セミナー

≪言葉はエネルギーであり、言葉は凶器である≫

人間の悩みの大部分は対人関係にあります。 最近のお客様との面談の中で、労務問題をはじめ、事業承継や相続の問題解決に向けたご相談が多数を占めてきておりますが、その中で、もう少し配慮のある言葉を発していれば問題にすらならなかったと感じられるケースが多数あります。 
自分の発する言葉に細心の注意払うことは、人間関係構築の際に極めて有効な手段となります。 私の50年余の人生経験の中で、この言葉に注意を向ける前と後では、対人関係や自己の心の状態など、全然違ってきています。 思い返せば大企業に所属していた時には、無造作に言葉を発していたような気がします。 その結果、大きな病気を患い、家族や両親、会社など、周囲に多大な迷惑とご心配をおかけすることになってしまいました。 その時の反省も込めて、ちょうど5年前の5月末に創業した株式会社ブレイン・サプライの社是・経営理念の中に、さらに経営計画書や就業規則の中に「言葉に関する法則やルール」多数を盛り込んでいます。

 下記は当社の経営理念中の一節です。

<「思いやり」「誠実」「素直」「感謝」「謙虚」の気持ちで接する>

1.会社は人間性を高める場所です。人間性は苦労して初めて磨かれるものです。思いやりの心を持ち、誠実に取り組むことで、素直に感謝できる謙虚な気持ちで接することができます。この気持ちがお客様に伝わります。

2.「美しい立ち居振る舞い」を心がける
未来型のビジネスは「感動」がキーワードとなる。 従って社員は普段の言動には十分配慮し、「見事な振る舞い」「見事な言葉遣い」「見事な笑顔」「見事な挨拶」「見事な接客」を意識して行動していきます。
またコミュニケーションを行うに際し、特に以下の4つの点を十分意識してください。
①口は災いの元であり、吐いた言葉は言霊となって自らに帰ってくることを深く認識し、言葉で発する前に十分な配慮を行うこと
②社内外における日常において、感謝の言葉で締めくくれる行動や言動を心掛けること
③社内における言動が、社風をつくるということを深く認識し、不平不満、愚痴、悪口、泣き言、文句 
は慎むよう努めること
④社内外でお客様と接するときは、お客様の思考の中に入ることをイメージし、自分本位の会話を行ってお客様のニーズを外すことの無いよう努めること ・・・・・・・。

言葉を大切に扱うことは、相手に対する敬意にもつながってきます。
昨年6月号で掲載させていただいた「マザーテレサ」の下記の言葉も人間関係の心理を伝えているような気がします。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

「思考」→「言葉」→「行動」→「習慣」→「性格」→「運命」 とつながってくるのです。
「思考」はエネルギーとして発生し、「言葉」に変換されてそのエネルギーが増幅されます。さらにパワーアップして「行動」へとつながり、「習慣」⇒「性格」となって肉体と人格に定着し、そのままその人の「運命」へとつながっていくのです。 「思考」はまだ個々人の肉体の中に止まっていますが、それが「言葉」に変換された途端に強烈なエネルギーとなって、個人の肉体から目の前の相手に届きます。 云わばエネルギーの塊を相手に投げつけるようなものです。   このエネルギーの放出を無造作に行うことがどれほど恐ろしいことかということを、我々は人生を通して学んでいるような気がします。たった一言で人生が大きく変わるようなきっかけを貰ったり、ほんの数秒で幸せの絶頂にある人を、不幸のどん底に陥れることも、「言葉の力」の成せる業です。 「言葉はエネルギー」であり「言葉は凶器」です。
これからの長い人生、もっともっと言葉を大切にしていきたいと思います。

≪慰安婦問題に終止符を!≫

オバマ大統領が国賓で4/23~25に来日し、その後韓国に向かいました。 韓国での彼の発言の中に「慰安婦は人権侵害」との発言がありました。 
歴史の中でやってはいけないことは現在の価値観で過去を裁くことです。 米国では奴隷制度がありました。欧米ではキリスト教の影響下で魔女狩りがありました。 第2次世界大戦終了時点でのアジア・アフリカ国で独立している国は5か国(エチオピア・チベット・タイ・中華民国・日本)でした。何と世界の8割が欧米の植民地であったのです。これらは今の価値観や歴史感ではおかしいということになります。 繰り返しますが現在の価値観で過去を評価することは意味がないのです。 このことを理解できない隣国の国々によって日本は貶められているのです。 これは(経済)戦争であり、日本の信用を貶めることで自国を優位に持っていこうとする卑怯な行為であることを認識する必要があります。
我が国の政治家は、近代史をもう一度一から学ぶことです。 私が日教組を中心とした戦後史観から脱却できたのは、自ら資料を集め、多くのご老人から直接過去の日本の実態をヒアリングさせていただき、出張や旅行で出かけたときは、可能な限り地元の博物館や歴史資料館、郷土博物館、図書館などを訪問し、自分のその土地に対する先入観と現実の実態との乖離を一つずつ改めていったからです。 隣国の慰安婦問題の根拠はありません。勝手に数字を捏造しているのです。
特に許しがたいのは、20万人の少女を拉致し、性奴隷にしたと政府が公式に発信していることです。
併合当時の朝鮮の外交官 李成玉さんの言葉
朝鮮全権大使 李成玉 「李完用侯の心事と日韓和合」より
「現在の朝鮮民族の力量を持ってすれば、とても独立国家としての体面を保つことはできない。
亡国は必至であり亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかいない。
欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが日本人は違う。日本人は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして日本は朝鮮を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外にわが朝鮮民族が豚の境遇を脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。日韓併合が問題になるのは、変な話だ。我輩の併合観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したのだ。」

 一部の支配層の両班以外の97%の庶民は、農奴・奴隷階級で「ブタ」の境遇だった李氏朝鮮。これが、公文書で残っている資料を基にして調べた結果です。 私が高校生の頃に教えられた創氏改名も隣国から言われているように強制ではありませんでした。 日本の戸籍法によると配偶者は夫(妻)の姓を名乗ることになりますが、中華圏の国では配偶者はあくまで一族ではなく別姓でした。我が国でも人権派の方が夫婦別姓を申し立てているようですが、価値観が日本人とは違う気がします。 そして多大な投資(国家予算の1~2割)を支出して貧しい国である朝鮮を日本国の一員として同化政策の基に併合したのです。 上記にあるように、朝鮮には日本に併合され、日本人として生きていくことしか、当時の欧米列強の支配から逃れる術はなかったのです。
 私は以前に、元慰安婦という方から、一度だけお話を伺う機会がありました。 家が貧しくて奉公に出たが、戦時中は危険地帯ではよく稼げたので、積極的に戦地に行く人も多かったようです。またお国のために戦う兵隊さんのために少しでもお役にたちたいとの気持ちが強かったとおっしゃっていました。多くの慰安婦の方が兵士と結婚されたようです。 その後慰安婦のことを調べました。
当時の朝鮮半島の人口は約2500万人(現在の日本の人口の1/5)です。16~25歳までの女性の人口は100~150万人位と推計されますが、その内20万人が日本軍によって拉致され、性奴隷にされたとの主張をしてきています。 当時朝鮮半島は日本国内であり、治安は本土ほどではないにせよ適正に維持されていました。李氏朝鮮の頃には10校もなかった学校が、3000校ほどに増え、下記表③に記載の朴正煕青年(陸軍士官 高木中尉 後の韓国大統領:現朴槿惠大統領の父)のように、貧しくて親に働くように言われ、学校に行けない優秀な子どもに教育を与えたのも当時の日本でした。そのような国の中で、5人~7人に1人の女性が無理やり軍に連れて行かれて、奴隷にされたなどということがあり得るのでしょうか。さらに下記の表④をご覧いただきたいのですが、そのような拉致や奴隷狩りのようなことが起こっていると主張している朝鮮半島において、80万人の若者が、倍率45倍を超える軍隊への志願行い、18000人弱が軍人になりました。 身の回りで5~7人に1人の割合で同年代の異性が拉致され、奴隷にされている地域でこのようなことが有り得るのでしょうか。
 さらに下記の統計データ①ですが、日本軍人のアジア各地における終戦時日本軍の兵数の一覧です。

<アジア各地における終戦時日本軍の兵数>①


(注)旧厚生省援護局調べ。1945年8月15日時点の兵数
(資料)東京新聞2010.8.8大図解シリーズ「終戦の日を考える」

靖国神社で祀られている大東亜戦争犠牲者数2,133,915人であり、上記の終戦時の陸海軍軍人数を合算すると3,345,100人+2,133,915人=5,479,015人です。 戦死者の代わりに徴兵されるという実態から推計すると、常時戦地・外地にいた軍人は300~400万人弱ということになります。
下記の中国人の研究者の推算②は極端としても慰安婦の総数は10万人~20万人位でしょう。その中でも過半数を占めたのは日本人慰安婦です。 私がヒアリングしたように、「お国のために戦地に行く兵隊さん達のお役に立ちたい」といって戦地に赴いた日本女性が数多くいたようです。
従って、隣国が主張する10代から20代の女性20万人が性奴隷にされたとの数字は既に論理破綻しています。

研究者たちの推算 ②



(朴正煕小学校訓導(後韓国大統領)は年齢により採用条件不適合者であったが血書による志願書などを三度に渡り提出するなどして満州国士官学校に入校した。満洲新聞1933年3月31日付)
 彼らの目的は自国の繁栄であり、国民の不満のガス抜きです。 我が国の国力の低下とともに牙を剥いてきたという考えが最も正鵠を得ているのではないでしょうか。 彼らの無理難題を一々聞く必要が無いことはもちろんですが、政府が公式見解として正しい情報発信することも求められます。 また、国力回復のためにも、もう一度国民が一丸体制を取って、経済大国となるよう、政治家と官僚、財界のリーダーたちが、本気になって国家の舵取りを行っていくことが求められます。 それが実現すれば、彼らは黙ります。 外交は友好ではなく、パワーゲームです。 
(ただし、民間は政治とは別の世界で友好関係・信頼関係が築けます。 是非海外の伸び盛りの国との関係を強化していきましょう。)

≪痛快!メルケル独首相≫

2014年4月4日、RFI中国語版は記事「メルケル独首相が習近平主席に贈った中国の古地図が議論招く」を掲載した。
3月末、習近平(シー・ジンピン)国家主席はドイツを訪問し、メルケル首相と会談。独中両国は緊密なパートナーシップをアピールした。一見すると、良好な関係を築いているかのように見える。しかしメルケル首相が習主席に贈ったプレゼントが“毒入り”だと話題になっている。 贈られたのは中国の古地図。宣教師がもたらした情報をもとにフランス人が描いたもので、1735年時点での清朝の領域を示している。しかし地図では新疆、チベット、内モンゴル、尖閣諸島は清朝の領域外とされている。表向きは中国との関係強化をうたいながら、領土問題や人権問題できついお灸をすえたとの見方が広がっている。 さすがにこの地図は問題ありと中国側は判断したのだろうか、一部中国メディアは贈呈されたものとは違う古地図を掲載した。すげ替えられた地図を見たネットユーザーが「メルケル首相は中国のチベット、尖閣領有を支持している」と喜ぶ一幕もあった。(翻訳・編集/KT)
 さすが政治大国ドイツです。 我が国とは、中国マーケットにおいて熾烈な争いをしていますが、この政治感覚、国家としてのプライド、ユーモアのセンスは特筆ものです。 国家のリーダーはこう在りたいものです。 外交は右手で握手しながら、左手で拳を握り、いつでも相手を攻撃できる態勢を保持する姿勢が重要です。 戦う気概もなく、自国の運命を他国に委ねる姿勢では、独立国とはいえず、植民地レベルといわれても反論できません。
 昨年流行語大賞にもなりましたが、「外交は、やられたらやり返す、倍返しだ!」の姿勢で臨んで欲しいものです。

“人は幸せだから感謝するのではありません。感謝しているから幸せなのです”

株式会社ブレイン・サプライ  岡  弘己

診断士 松下から見た
「最北の地“稚内”の可能性」

4月11日、12日の2日間、北海道の稚内に行ってきました。1日目は仕事、2日目は飛行機までの半日間、稚内近辺を散策しました。

 “稚内”は日本最北端の街です。人口は、3万6千人余り(平成25年12月末)であり、5年間で3千人も減少しています。(ピーク時は昭和50年頃で5万5千人ほど)
主な産業は漁業ですが、旧ソ連の排他的経済水域(200海里)設定後は衰退し、人口減少の大きな要因となっています。

稚内は日本の歴史の上でも大きな役割を果たしていました。
 本州最北端の宗谷岬には、「旧海軍望楼」があります。1902年(明治35年)に旧日本海軍が建設したもので、当時最強と言われたロシアのバルチック艦隊を監視する任務を課せられました。また、太平洋戦争のでは対潜水艦監視基地として機能しました。

同じ宗谷岬公園内には平和の碑もあります。こちらは、1943年(昭和17年)、宗谷海峡にて起きた日本海軍とアメリカ合衆国海軍との戦いで沈んだ日本の貨客船、アメリカの潜水艦の乗組員に対し、戦後両国の関係者により作られたものです。

そして、大韓航空機撃墜事件慰霊碑。1983年、ニューヨーク発ソウル行きの大韓航空がソビエト連邦の領空を侵犯してソ連防空軍により撃墜されました。「祈りの塔」は2周忌にあたる昭和60年9月1日に、遭難者の慰霊と世界の恒久平和を願い、遺族会の資金と、稚内市をはじめとする全国からの浄財をもとに、サハリンを臨む宗谷岬の高台に建立されたものです。

 “稚内”というと非常に寒いイメージがあります。年間の平均気温は7度くらいですが、過去の最低気温はマイナス19度、最高気温は31度と最北端の街にも関わらず温暖です。ところが、年間を通して風が強く過去最大瞬間風速は45メートルを記録しています。私が行った4月も、宗谷岬で朝10時の気温はマイナス4度、風速は12メートルを超えていました。
 こうした気候面でも厳しい稚内ですが、我々の食生活のうえでは欠かせない街です。
漁業については、“ホッケ”、“ニシン”などの大衆魚の他、“カニ”そして近くにある利尻島では“うに”。特に利尻の“エゾバフンウニ”の味はおそらく日本一でしょう。

 ところで、こうした“稚内”の街に2日間いて感じたことです。それは、やはり人通りの少なさです。夜の飲み屋街は金曜日にも関わらず人はまばら。一方、宿泊したホテルでは外国人観光客の多さにはびっくりしました。元々ロシア人が多かったこの地ですが、台湾人や香港から来られている方が増えているようです。

人口の減少、産業の衰退が進む「稚内」で唯一元気な企業があります。それは金融機関。
地元の稚内信用金庫は預金量4000億円を超え北海道内23信用金庫の中で第6位。そして自己資本比率はなんと66.64%(2013年9月末)と桁違いの高さです。預貸率は25%を切った状態であり、貸出する場所がない状況といえます。結果として、国債を大量に購入するしかなく、「国債消化機関」と言われても仕方ないと言えます。

いま、地域活性化に必要なのは、地域にどのようにお金を落とす仕組みを作ることと考えます。自然エネルギーという点では、稚内は非常に魅力のあるエリアといえます。
宗谷丘陵には57基もの風力発電施設があり、これだけで一般家庭4万1千世帯分の年間消費電力相当分の発電になるといわれています。宗谷管内では100基を超え、これは北海道全体の風力発電量の4割を占めているとのことです。こうした自然エネルギー開発に力を入れることは最も重要と考えます。

そして、近くにある猿払村。昔は貧乏な村と言われていましたが、今や村役場と水産試験所が試行錯誤をしてホタテ養殖に成功したことで、所得が安定しています。漁協の売上は4861百万円(漁家数は187戸)なので、1戸あたり2,600万円。一時は3,300万円を超えていたという。漁業の場合も「継続して安定して漁獲を行う仕組みを作る」こと。これは企業にも共通することではないでしょうか。

“自然環境をどのように活用するか”、“人を戻すには雇用を生み出すビジネスを行うこと”、そして“地域が本腰をあげて支援すること”。過去から現在、未来にむけ、稚内市の新たな役割はこれから始まろうとしているのではないでしょうか。

(松下 卓蔵)

《海外で有名な日本人:山田寅次郎-その2》

さて、山田寅次郎ですが、彼の業績に触れる前にもう一人日本とトルコの友好に貢献した野田正太郎にも触れておきます。

 エルトゥールル号遭難事件の3週間後、政府はインド洋、地中海方面へ練習航海に向かう軍艦「比叡」と「金剛」を派遣し、生存者の送還の任に当たらせます。この練習航海に日露戦争の日本海海戦で作戦参謀を務め、有名な電文、「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」を起草した秋山真之が少尉候補生として比叡に乗艦しています。そしてもう一人、比叡に特派記者として乗艦したのが時事新報社の野田正太郎。野田は時事新報社が集めた義援金を送り届ける大役を担います。

新聞各社は大々的な広告をうち多額の義援金を集めましたが、これが日本で始めて外国人災害被害者を対象とした本格的な義援金となります。なかでも、時事新報社は他紙を圧倒する4,248円97銭6厘(現在のお金で約8,500万円)という莫大な金額を集め、官庁に委ねる事をせず、直接オスマン朝の当局に手渡すという異例な送金方法を選択し、選ばれたのが入社間もない野田正太郎でした。
 直接義援金を届ける任務を帯びた野田は1月6日にオスマン朝の海軍大臣ハサン・パシャに面会し義援金を手渡しました。並行して、「比叡」と「金剛」の両艦長はスルタン・アブドゥル・ハミト二世との謁見等の公式行事に出席していましたが、席上、オスマン朝から日本語の習得ならびにオスマン朝事情に精通させたいので適当な士官数名をトルコに残留させてほしいとの要望がありました。
 オスマン朝はいずれ日本と外交関係を樹立したいとの思惑もあり士官の残留を望みましたが、両艦長は日本とトルコとの間に外交関係がない事情もあり、貴重な人材であるからと士官の残留は鄭重に断り、代わりに了解もなく野田正太郎を推挙しました。
 出航の前日の2月9日、オスマン朝は野田に白羽の矢を立て、野田のもとにスルタン・アブドゥル・ハミト二世の使者が訪れ残留を要請。野田は固辞したものの使者は三度訪れ、比叡の田中艦長の説得もあり、ついに野田はトルコに留まる事となりました。
 こうして、野田は日本語教育の教材、墨、硯、筆等を取り寄せ、陸軍大学校で日本語を教える傍ら、オスマン朝関連の記事を時事新報に送り続ける日本最初の海外駐在記者となったのです。
 1891年、野田はイスラム教に改宗しアブデュル・ハリムの名を得て、日本人最初のイスラム教徒となりました。野田は2年間(1890~1892年)イスタンブールに留まり、1892年12月中旬頃帰国の途に着きました。

 さて、山田寅次郎です。
 山田寅次郎は沼田藩(群馬県沼田市)の家老中村家の次男として1866年に生まれました。その後、母方の親戚に当たる、茶道の宗家「宗徧流(そうへんりゅう)」の山田家に養子に入り山田の姓を名乗ります。
 宗徧流は千利休の孫、千宗旦の高弟、山田宗徧(1627~1708年)を祖とする茶の湯の流派で、山田宗徧は赤穂義士大高源五に12月14日に吉良邸で茶会がある事をそれとなく知らせた人物です。
 寅次郎は宗徧流八世家元・山田宗有としての教育を受けると同時に、横浜で英語、仏語、漢文を学びます。
 寅次郎がエルトゥールル号の遭難を新聞で知ったのは24歳の時でした。 

 寅次郎は新聞各紙の報道に触発されて、新聞広告を出して義援金募集活動を開始しました。
  義侠心に富む寅次郎は、「西の端から東の端の日本に一年も掛けて来日し役目を終えて帰国の途に着いた直後、不運にも嵐に遭って座礁し多数の乗組員の人命が失われた。トルコに残された遺族の心情を思えば耐え難くなり、・・・」と講演会を開き、健筆をふるって遺族に贈る義援金を呼びかけました。
 当時の金で5,000円(約1億円)もの巨額の義援金を集めたと言われていますが、因みに各新聞社が集めた金額は、時事新報社4,249円、日報社608円、東京日日新聞434円、大阪朝日新聞154円、毎日新聞128円、神戸又新日報53円だったといいますから、山田寅次郎の集めた5,000円が如何に巨額であったかが解ります。

寅次郎は外務省に赴き青木周蔵外務大臣に面会し、トルコへの送金を依頼したところ、外務大臣より「之は君の義心から出でしもの、なれば君自ら携え土耳其に赴きて如何・・中略・・就ては海軍省へ貴下の便乗を許可ありたく本職よりも申入るべくけれど、貴下も亦その方面に願出られては如何」と言われたそうです。そこで、寅次郎はイスタンブールから帰国した比叡の田中艦長に会ってその紹介状により海軍省がチャーターした英国船に便乗し、1892年1月30日に出航。4月にトルコのイスタンブールに到着し、そこで野田正太郎と出会う事になります。(この項続く)

(坂井 優)

《第21回:総合的品質管理「QC7つ道具」管理図》

今回は、総合的品質管理の視点「QC7つ道具」の管理図についてご紹介致します。前回同様、製造現場のみならず、事務所内間接業務の業務品質の改善にもご活用ください。

⑤管理図

上の図は、定期的に5個のサンプルを採取・計測し、平均値と5個のデータの範囲をプロットし、平均値とばらつきの2種類の項目をチェックするものです。その他、不良数や不良率など様々な管理図が用いられます。

管理図は、連続した量や数値として測定できるデータを時系列的に並べ、これが異常かどうかの判断基準となる管理限界線を記入した管理図表です。工程が安定な状態にあるかどうかを調べるためや、工程を安定した状態に保持するために用います。データが管理限界内に入っているかどうかによって、避けられない偶然の変動と対応が必要な異常値を判別します。上の図の4/8の限界線超えの異常値が発生した場合は、限界線を超える前の4/7の段階で対策を講ずることが重要です。
一般的に正常なデータは、ランダムな挙動を示します。管理限界内(52-58)にあっても点の並び方に癖がある場合は、工程は正常といえないことが多いです。

(小出 貴巳)

『たまたま、この本を手に取った学生たちへの緊急メッセージ ~続編~ 』

株式会社ザメディアジョン
代表取締役兼CEO 山近 義幸 氏

最近、経営者の間で「ブーム」と言われている“石田梅岩”先生。
暴れん坊将軍/吉宗(松平健・・・といったほうが、わかる?)の時代、商売が悪いと言われたころ、突如として京都府亀岡市にあらわれ、全国に石門心学塾を広めた人です。

 

この梅岩先生で、有名なのが、“近道は徒となる”の話。(注:お食事中の方はお控えください。)

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昔、昔 あるところに合理的な男がおりました。

その男は、「無駄な時間を省きたい」「合理的に一刻も早く成功したい」と、そればかりを考えながら日々を過ごしていました。

ある朝、男が家を出て駅に向かって歩いていると、急にウ○○がしたくなりました。
「困ったな・・・」とは思ったものの、駅まで行くか、自宅に戻らなければトイレはありません。

駅まではしばらくかかるし、自宅に戻る時間はもったいない。あれこれと考えているうちに、ウ○○が顔を出しそうになってくる。
そこで、「近くの草むらで野糞をしちゃえ!」と思いました。

その草むらは広く、草は背が高くて、男がしゃがむとちょうど体が隠れるほどでした。

「これはいい按配だ!」と、男は人目に隠れてウ○○をしだしました。

そのとき、ふっと時計を見たら、ちょうど昼飯どき。
ウ○○をするのに時間が取られたうえに、昼飯を食べるのに、さらに時間が取られるのはもったいない。そう思った男は、「そうだ!ウ○○をしながら昼飯も食べちゃえば一石二鳥じゃん!なんて合理的なんだ」と思いつきました。

そこで、カバンの中からおにぎりを取り出し、ウ○○をしながら一口食べました。
するとあろうことか、つる~っと手からおにぎりがすべって、ウ○○の上にぽとりと落ちてしまいました。
びっくりした男は、しばらくじっと見つめていましたが、こう言いました。

「これはすごい時間の節約になった。これはすごい近道だ。」

◉資料参考:「近道ずき」柴田鳩翁『心学道話全集・第一巻』「続鳩翁道話」(忠誠童)
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今の学生に押し付けた就活は、まさしく、この「効率的な就活」。
ネットで便利に企業を探し、新聞などを読む様子さえない。

 

う○○=内定  おにぎり=就活

 

内定を・・・「う○○」などと、いう表現をしてお詫びしたい。
石田梅岩先生に免じて、お許しいただきたい。

 

が・・・今の効率主義就活は、どうせやめるなら・・・最初から就職などしなければ・・・。
どうせなら、就活などしなければ・・・。
どうせ死ぬならば、生きなくていい・・・なんて一石二鳥なんだ・・・。

そう!心当たりがあるでしょう。プロセスにこそ、【人間力上昇】のヒントだらけ。

たまたまクイック内定もらったとしても、どんくさく、回り道して内定もらった奴が、カイジのごとく、大逆転するなど、日常茶飯事。

学生達よ。お店にだまされるな!!
就活も、仕事も、その本質に、その失敗に、そのプロセスにこそ、“成長の過程”がある!!!
自らの本質を鍛えることを忘れ、表面的な自慢話ばかりさせる。
企業選びでもそう。中身や社風・文化を大切にするべく、お互いの“存在感”が大切なのにも関わらず、あるのはお互いが“散在感”。

そりゃ。離職率39.8%なんて異常な数値になるわ!
 企業も学生も騙しあい。茶番劇×三文芝居のコラボレーション。

昔、流行った「企画の仕事がしたいです」は影をひそめ、今は「私、負けず嫌いなんです」が大流行。

学生達へ・・・・・。
夢のないメッセージに聞こえるかもしれないだろうが、今、おそらく「頷いている」と思われる。
そして今、私は、あの凶悪犯たちを野ざらしにした私自身の罪を君たちに懺悔しよう。
本当の就活とは【リアル】だということを・・・もっと、もっと、教えなければいけなかった・・・。

【非効率】で【不格好】で【アナログ】な、ものだ・・・と。

・DVDではなく、“映画館”にいこう!
・一発ホームランではなくコツコツコツ→ゴツゴツゴツ作戦でいこう!
・考える時代から感じる時代に入り始めていることを認めよう!
・知識より知恵。知行合一あるのみ!維新の志士たちはほぼすべてこの言葉に触発された“山”を動かした!
・自らの空虚な自慢話で相手の時間泥棒をしている暇があるなら、相手の教養を学ぼう。そのために“質問力”を磨こう!
・歴史学を教えて悪かった・・・ビジネスマンに大切なのは“歴史力”である!
・成功談も大切だが、“失敗談”にこそ、学びが多い!
・人に会おう!!フェイスブックに、繋がる友達・・・など、虚無である!
・男は女に学ぶもの。女は、男に学ぶもの。特に男は“女性”と、もっともっとふれあおう!逃避するな!
・スマホを手放そう。一時でも。ウィキペディアから卒業しよう。彼らこそ、バイオハザードのごとく、“菌メダル”獲得数を競っている!
・格闘技もいいが、プロレスに学ぼう。
(全世界でここまで、“相手を受ける”スポーツはプロレスのみ。だから、受けることを・・・おもてなし・・・を基本とするこの日本で100団体も成立しているのです)
・読書をしよう。
「私は企画の仕事がしたいんです。でも、読書も新聞も読みません。私は何か、持っているんです」とのたまう学生。ない!もっていない!
・感謝力を信じよう!多くは語らない。この力こそが“持続力”そして“人間力”。

えらそうに言っていますが、私は仕事が嫌いでした。社会が嫌いでした。
社会というのは、嫌な奴の集団だ。仕事というのは、みんな、金のために嫌々やってる人たちだ。むしろ、「仕事」と「社会」を憎んでいたかもしれません。

ところが、ひとたび、“リアル”教、“リアル”学会、“リアル”真理教みたいな生生々しい人たちとの出会いによって目覚めました!
 37歳の若さで官職。辞し、執筆活動に専念したといわれるルネサンス期最大の哲学者、ミシェル・ド•モンテーニュは、死の直前まで筆を加え続けた作品「エセー(随想録)」でこう語っている。 
「いつかできることはすべて、今日もできる」「「明日にしよう」と言うたびに、人生を無駄にしている。明日死ぬと思えば、今日がリアルになる。」

人生をリアルにする体感がなければ、何も身につかない。
 「それは俺のやる仕事じゃない」という人が〝余る〟
学生達にもいいたい!
どうぞどうぞ 引き止めはしません どうぞお降りください。
降りて君たちが抱えていらっしゃる「人生の堕落の中で虚無で、空虚に、他人責任論で生き抜く」というのもひとつの人生。 どうぞご自由に・・・。
 汚ねえ・・・オレたちはそういう選択ができないからこそこの就活とやらに
「事前とわかってても、就活船」に、乗ってきてるんじゃねえか。 足元を見るとはまさにこのこと・・・。

 教えてもらうには、お金がかかる
・本を買え!
・就活には投資せよ!
・出かけていけ!!リアル・ビジネスマンに会うために・・・。

 教えてもらわなければ、もっと高くつく 
感謝っ…! 
圧倒的感謝っ…!

 幸福な人生は、〝楽〟な人生ではない

【若者】といわれる【特権階級】の時期に
・時間
・お金
・ご縁
・情報
に投資し続けた若者こそが、「楽しい仕事」にありつける。責任あるポジション=存在感。
 投資もせず、努力もせず、「楽しい仕事がしたい」などとほざく野蛮な若者を【無銭飲食】ということを、知っているではないか・・・。

人生最大のチャンス!
就活こそ、クイーンエリザベス号の一等室にのるか、下っ端で、「労働」を言いづけられるか・・・。

ベーシック手術よりもまさる
【広い視野・奥深い眼力】で、社会を、企業をみつめ、みつけよう!!

君たちの存在感と成長感を・・・・・。

(山近義幸@ザメディアジョングループ代表(出版&新卒採用&障碍者採用支援&M&Aコンサル&日本ベンチャー大學経営)

『試用期間中の社員の能力不足。解雇は可能??』

Ⅰ.今月の課題:

4月入社の中途社員。求めていたスキルとかなりの乖離、どうしたらいいのでしょうか?
A社では4月から新プロジェクトのリーダーとして、Bさんを中途採用しました。しかし、リーダーとして予算計画や他部門との折衝、社外関与先との交渉などができず、A社が希望していたレベルに足りていないと判断せざる得ない状況です。新プロジェクトには社運をかけており、一刻も早くリーダーを交代させなければなりません。
Bさんの試用期間はあと2カ月ありますが、解雇はできるのでしょうか?

Ⅱ.課題のポイント:重要なのは労働契約の内容です。

即戦力を期待して入社いただいたにもかかわらず、中途採用社員の能力が足りていなかった場合、そもそもの労働契約がどのようになっているのかが重要です。即戦力としての期待や能力の発揮が労働契約の内容として明確になっていたり、またその内容が雇用契約書等に記載されていれば、客観的にも判断しやすい状態になっていると言えます。そのうえで、Bさんの能力不足、約した業務に対する遂行ができていないと判断されれば解雇も可能です。ただし、解雇権濫用を争った裁判では、個別の事情が大きく左右しますので、慎重に対応しましょう。

Ⅲ.課題の対策:就業規則と労働条件通知書の記載

中途採用を行う際に、求められる能力と本人が提供できる業務をしっかりすり合わせておくことが前提です。そこで合意した内容について、労働条件通知書に記載しておきましょう。また、その内容が履行できなかったと判断する方法やその後の対応についても明記しておく必要があります。
もちろん就業規則にも試用期間中の解雇、採用取り消しの事由について明記しておくことをお勧めします。

今回A社では労働条件通知書に「新規プロジェクトマネージャー(予算の策定、他部署との調整、行動計画の作成)」と明記されていました。そのうえで、Bさんと面談したところ、ご自身でもプロジェクトリーダーとしての業務遂行は難しいのではないかと考えていたことを告白されました。そこで双方とも納得の上、Bさんは退職することになりました。
A社は今回の件から中途採用の難しさを痛感し、採用面接において、求職者の能力を客観的に見てとれる資料の提出や配属予定部署の人材を同席させスキル診断を行い、会社の期待する能力と本人の能力にギャップがないよう、慎重に採用をしていくことを決定しました。

このような採用のミスマッチは企業にとっても働く人にとっても不幸です。採用時、入社時にしっかりと業務内容を確認しましょう!!!

★★追記:新卒者が能力不足の場合★★
新規学卒者の採用で能力不足が著しい場合、これは中途採用のケースとはかなり違ってきます。新卒は能力の高さが未知な状態で採用しますから、能力開発は企業の責任とされます。労働条件通知書に書かれている内容だけでなく、OJTは充分か、仕事のさせ方はどうか、上司の指導は適切であったか、などが判断に加わります。過去の判例から、よほど本人にやる気がない、改善の見込みがない場合でないかぎり、解雇は難しいと言えます。
新卒採用は、採用後の迎え入れ、OJT方法、トレーナーの人選などを決めてから、対応することをお勧めします!!

労働契約書・就業規則の作成、採用面談や入社後の研修についてご不明なことがありましたら、ブレイン・サプライにご相談ください。

(山岸 芽里)

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